第十二幕:天より授かる命と乱

冷たい夜風が草原を吹き抜け、信玄の肩を冷やしていた。彼は立ち尽くしながら、先ほどの華柯とのやり取りを思い出していた。未来からの転生者としての自分、そしてまだ果たすべき役割が残されていることを改めて感じていた。


華柯が現れたのは、信玄が一人で夜の静けさに浸っている時だった。草のざわめきと共に、まるで風に乗って現れたかのように、老いた医者は彼の前に姿を現した。


「檀石槐様、あなたの運命はまだ終わっていません。天はあなたに、さらなる使命を与えております。」


信玄はその姿に驚きつつも、すぐにその老人がただ者ではないことを察した。


「何者だ?何を知っている?」


老人は深く頭を下げ、落ち着いた声で答えた。


「私は華柯、代々医術を伝えてきた者です。私の孫、華佗が未来に名を残すでしょう。しかし、今はあなたが天命を果たす時です。私はあなたの寿命を延ばし、さらなる力を与えるためにここに参りました。」


信玄はその言葉に眉をひそめ、疑念を抱いた。


「寿命を延ばすだと…?どうして私がそれを必要とする?」


華柯はゆっくりと信玄の方へ歩み寄り、深い目で彼を見つめた。


「あなたは、未来の世界から転生してきた者です。この世に新たな秩序をもたらす運命を背負っています。しかし、今のままでは体力が持ちません。天はまだあなたに、果たすべき役割を与えているのです。」


信玄は心の中で、その言葉の真実を探っていた。確かに、体力が衰えを見せ始め、戦士としての限界を感じていたが、彼の知恵と決意はまだ衰えてはいなかった。


「天が私にまだ生きることを望んでいるというのか…だが、それが本当だとすれば、私に何ができる?」


華柯は静かに微笑み、懐から小さな袋を取り出した。


「この薬草は、我が一族が代々受け継いできた秘薬です。これを用いれば、あなたの寿命は延び、さらに天命を全うする力が宿るでしょう。」


信玄は無言のまま袋を受け取った。その重みを感じつつ、彼は未来を思い描いていた。


「…私がまだ生き延びることで、この乱世を導けるというのだな。」


華柯は深く頷き、その鋭い目で信玄を見つめた。


「そうです、檀石槐様。天があなたに望んでいるのは、この乱世に終止符を打ち、新たな時代を切り開くことです。」


その言葉に信玄はしばらく考え込んだが、やがて静かに頷いた。


「よかろう、その天命を受け入れよう。」


そう言って、信玄は袋を握りしめた。華柯は再び頭を下げ、静かにその場を去ろうとしたが、そこで彼は足を止め、さらに一言を告げた。


「もう一つ、あなたに警告をしなければなりません。太平道という教えが広がりつつあります。民衆の間で、天の力を借りて新しい秩序を作り出そうとする動きが出てきております。」


信玄はその言葉に目を細めた。太平道という名は聞いたことがなかったが、漢の領土で不穏な動きが広がり始めていることは知っていた。


「太平道だと?ただの宗教か?」


華柯は首を振り、低い声で続けた。


「ただの宗教ではありません。その教えに心酔した者たちが、暴徒と化し始めています。張角という名の指導者が民を扇動し、彼らは漢の体制に反旗を翻す気配を見せています。まだ小規模ですが、この動きがやがて大きな反乱へと発展する可能性があります。」


信玄は冷静にその報告を受け止めた。張角という人物が民を集め、体制に反発する動きが起こりつつある。これがただの反乱で終わるわけがないという予感が、彼の胸に広がった。


「太平道の信者が暴徒化し始めたか…」


華柯は、信玄の目を見据えながら続けた。


「檀石槐様、天はあなたに、この乱世を治める役割を与えています。しかし、この動きが広がれば、漢は混乱に陥り、やがて南匈奴や烏桓も巻き込まれるでしょう。その時、鮮卑をどう導くかは、あなたの手にかかっています。」


信玄はその言葉を深く受け止め、天を仰いだ。


「太平道が広がり、やがて反乱を引き起こす…ならば、私がそれに備えなければならぬということだな。」


華柯は再び深く頭を下げた。


「その通りです。天の意思に従い、檀石槐様、あなたがこの世を導いてください。」


そう言うと、華柯は風のようにその場から去っていった。信玄は袋を手にしながら、遠くを見つめ、考え込んだ。太平道という新たな宗教が民衆を扇動し、反乱が起きようとしている。これはただの宗教的な暴動ではなく、やがて大きな戦乱へと発展する可能性が高い。


「…時が来るか。ならば、私はその時に備えよう。」


信玄は薬草を握りしめ、さらに決意を固めた。乱世を生き延び、未来を切り開くために、彼はまだ戦い続ける覚悟を決めた。

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