第213話 番外編8 リオン(妖精)の置き土産 後編

 アマルの背にも冷たい風が吹き込み、思わず全身に鳥肌が立った。

 不快感や嫌悪感とは違う、本能に訴えかけるような怖気だ。

 それは正しく、禁忌に触れようとした者だけが感じるぞわりとした恐怖だった。


「そ、そうですね。アルケミストは我々とは違う次元に生きてますし、理解できる者だけで共有し得る知識でしょうから……」


 今はまだ理解が及ばないだけ。そう自分たちに言い聞かせる。

 何れは人の手で作れるようになるかもしれないが、それが今ではないだけだ。

 それにリオンは、引き籠りで秘密主義のアルケミストに比べれば理論的に答えてくれるだけまだマシである。

 だがアルケミストが引き籠りで秘密主義である理由も何となくだが理解できた。

 人類にとってまだ早い知識や技術があるからだ。

 彼らは未来を生きている――――ずっとずっと、もっと遠い未来に。


「まぁ、リオンは直感的なところもあって、たまに何を言っておるのか時々判らぬ。理解に苦しむのは致し方なかろう」


 そう言ってちらりとフェネックを見る。

 自分たちに向けられていた視線は外され、何かを追いかけるようにトウモロコシ畑の方へ走って行った。

 きっと謎の光を追いかけて行ったのだろう。


「行ったな……?」

「はい……」


 再び訪れる沈黙。

 真相に辿り着けそうだったのが、実は深層だったような気がして。

 覗いてはいけないモノを、無謀にも覗こうとしていたことだけは判った。


「まぁ要するに、我々は凡人ということだ」

「そうですね。お互い、風の精霊の声も聞こえませんし」


 声は聞こえなくても肌で感じられたのは初めてだけれど。

 それは気のせいだと、これ以上触れないようお互い暗黙の了解として頷き合った。


「仕方あるまい。俺様は地属性だし、アマルは水属性なのだからな」

「ええ。しかも私はテイマーでもないですしね」


 流れを変えようと、お互い誤魔化すように話題を変える。


「その分、外交力や商才があろう?」

「確かに商売や外交は水物ですからね。私の性に合っていると思いますよ。それを言うなら、アラバマ兄上もでしょう?」

「フン。農業は地力が必要だからな」


 砂漠に水属性の魔獣がいないのもあるが、アマルにはテイマーの才能はなかった。

 地属性より水属性の方が尊重されるとはいえ、アラバマ同様王族としては飛竜をテイムできない残念な属性である。

 だからこそ、残った兄弟姉妹に王太子を押し付けようと言う話になったのだ。


「シエラが王になりたいと言うのならばそれでも良い。だが他の者に唆されぬよう気を付けろよ。あやつはどうも王の仕事をよく判っておらぬところがあるからな」


 歳を経れば落ち着く可能性はある。それに賭けてみるのも良いだろう。

 それにアラバマは、カシムとシエラには切磋琢磨して欲しいと思っていた。


「ああ、それとついでとして言うのだがな」

「なんでしょう?」

「ディエゴに提案された話を、お前にも聞かせておく」

「ディエゴさんからのご提案ですか?」


 寡黙で冷静沈着そうな見た目の印象とは違い、リオンと共にアラバマによく怒られている人物だ。

 普段はリオンの通訳をしたり活躍ぼうそうを楽しそうに見守る(時には一緒にやらかす)厄介な兄である。

 そして気付けばアラバマも一緒に暴走することもあって、朱に交わればなんとやらだなとアマルは呆れてしまうことも少なくはない。その分、利益に繋がることも多く文句が言えないのもまた厄介な人物だった。


「奴が言うには、今後は組織内で派閥や対立を作り、上手くコントロールして国家の発展に繋げろと言っておった」

「それはまた、どういうことでしょうか?」


 わざわざまた派閥を作って対立させろとはどういうことだと、アマルは怪訝な表情になった。


「詳しく聞いて俺様もある意味納得したのだが。どうも組織として敵対するものを排除した結果、一強になってしまうと弱体化を招くのだそうだ」


 ディエゴ曰く。競争相手が居なくなると、現状維持に甘んじて改革や意識の改善をしなくなる。そして怠惰に陥りマンネリ化するとのことだった。


「結果的に優秀な人材が育たなくなる原因になるらしいぞ」

「ああ、なるほど。そういうことですか」

「貴族共の足の引っ張り合いではただの邪魔にしかならぬが、我々兄弟間での切磋琢磨は良い刺激になる。本来、シエラの隊とカシムの隊は、そのつもりで分けられたのだからな」


 単純に貴族と庶民で分けたのではない。庶民でも頑張れば貴族に勝てるし、貴族も油断して怠れば庶民に負けると言う構造にしたかったのである。

 だが気付けば貴族側に有利な状況ばかりになり、本来の目的とは違う構造になってしまっていた。

 シエラの竜騎士隊の弱体化はそれだけが原因ではないにせよ、カシム隊に飛竜が偏より過ぎたことで均衡が崩れる結果になったのだ。


「リオンの協力で候補生選びの差がなくなったであろう? 今後はそれを上手く利用して、競争心を煽り互いに向上し合うように仕向けると良いだろう。現状に甘んじて怠けておった貴族共も、今回のことはいい勉強になったであろうしな」


 殆どの飛竜の卵をシエラの隊に持って行かれたことは、不正でも何でもなく彼らの慢心によるものだった。

 事実その後、確り種明かしをしてある。

 さらに追い打ちをかけべく、公平にムーンストーンを渡し、彼らのパートナーである飛竜の気持ちが伝わるようにしてやればぐうの音も出なくなった。

 中には己の飛竜から、契約解除の申し出をされた者までいたのだから当然だろう。

 これを機に大いに反省して欲しいものである。


「相手にならないと思っていた相手に、してやられましたからね。確かに馴れ合いは良くないことですが。とはいえ、あの方も随分と難しいことを提案してきますね」

「難しいことではあるが、言っていることは間違ってはおらん。リオンが甘い考えである分、兄であるディエゴがそれを補う考えになるのであろう」


 自分たち兄弟の誤解を解いて仲良くなるよう手助けをしてくれたリオンだが、ディエゴはその先まで考えて助言してくれた。


「なので我々も互いの国益を考えて、より先進的な意見を出す者を集め、大いに対立して行こうと考えておるのだが?」

「なるほど。そこへ繋がるのですね。いいでしょう。協力すべきところは妥協しますし、そうでないところは反発し合うとしましょうか」

「意見の対立があれば、また違った見方も生まれるであろうしな」

「優秀な人材を育てるのも、我々の務めですしね」


 誰しもが自分に意見をしてくる者を煙たがる。

 立場が上であれば尚更で、下の者から意見されないように圧力をかけるものだ。

 しかし正しい意見に耳を塞ぎ、聞こえの良い言葉ばかりを受け入れ続けてしまえば道を誤ってしまうだろう。


「仕事が出来るのは当然として、指導力や決断力も兼ね備え、公平性もなければならんとは、中々に難しいことではあるがな」

「しかも私たちが率先してそうあらねばなりませんからねぇ」


 力を分散させて互いに協力し合えるバランス感覚を養うのも重要だ。

 自分に反論する者のいない賛同者しか残らない組織は、思考停止状態に陥りやがては弱体化と衰退を招く。ディエゴはそう言いたかったに違いない。


「共通の敵がいれば仲間意識が芽生え、結束を強めるものだからな」

「強すぎず、弱すぎずというのは、本当に難しいですけれどね」

「やるしかなかろう。現状に甘えるようでは発展はないだろうしな」

「そうですね」


 何もかも上手くいってめでたしめでたしになる物語ではない。

 ハッピーエンドで終わった物語にも、その先に続く未来があるのだ。


「それでアラバマ兄上は今後どういった人材を集めようとなさっているのか、お聞かせ願えますか?」

「その手に乗るか、バカ者めが。俺様の求めておる人材を、何故わざわざお前に差し出さねばならんのだ」

「おや、乗って頂けませんか? 引き抜く人材が被っていたらいけないと考えたのですが?」

「アホか。その綺麗な顔で人を誑し込む奴に、貴重な人材の情報を洩らすと思う方がおかしかろう」


 優秀な人材は奪い合いである。

 戦いは既に始まっているのだ。


「アラバマ兄上はカーバンクルがいるのにズルイですよ」

「ズルイもクソもあるか。お前の侍女も隠れてあちこち手を回す、優秀な諜報員ではないか」

「カーバンクルには負けますよ」

「そう言って焚き付けておるのであろう?」

「ふふっ、どうでしょうね?」


 アマルは蠱惑的に笑うと、おもむろに立ち上がった。


「どうやら兄上の機嫌を損ねてしまったようですし、そろそろお暇致しましょうか。輸出品目はそちらの書類に纏めましたので、目を通しておいてくださいね」

「判った。だが量は増やせんぞ。希少性でブランド力を高めねばならんからな」

「存じておりますとも。それもリオン様のご助言ですか?」

「いや、ディエゴだな。こういったはかりごとはあ奴の方が知恵が回る」

「なるほど。あの方をスカウトできなかったことが非常に残念ですねぇ」

「知恵は回るがやる気がない。そういう奴を従わせるより、優秀な人材を育てる方が労力はかからん。気が向いた時に助言を貰える程度で良かろう」

「確かに」


 リオンやディエゴのように優秀ではあれど、コントロールが難しい自由気ままな道楽者にとって、冒険者は天職かもしれないなとアマルは思った。

 そうして立ち去る前にアマルは、改めてアラバマに丁寧にお辞儀をする。


「ご助言下さり、ありがとう存じます」

「フン。礼を言われるようなことはしとらん。さっさと立ち去れ」

「ふふふ。リオン様から教えて頂きましたが、そういうのを『ツンデレ』というそうですよ」

「妙な言葉を覚えるでないっ!」


 照れ隠しだろう。怒鳴っていても少しも腹が立たない。

 何せアラバマは『ツンデレ』なのだから。

 そう思えるようになったのも、あのアルケミストのおかげだろう。

 こうして少しずつ、自分たちの関係性が変わってく行くのもまた楽しかった。


「では、本当に失礼いたしますね」


 楚々とした仕草で立ち去るアマルを見送る。

 いがみ合っていただけの相手が、自ら仕向けたとはいえ競争相手に変わったことに内心喜んでいることがバレなかっただろうか?


「全く。最近のあやつは、こちらが怒っていても何とも思わなくなったな……」


 以前は鬱陶しそうな表情を向けていたのに、リオンが間に入ったことで緩和されたように感じる。

 しかもこちらが不機嫌そうであっても「相変わらずお元気そうですね」と嫌味なく微笑みさえ浮かべるのだ。どうも威厳を保てていないような気がする。

 それはアマルだけでなく、他の者たちも同じような反応をしているのだ。

 だからこそ疑問に思うのだけれど。


「ところでムスタファ……。『ツンデレ』とは、どういう意味だ?」

「……存じません。意味が判ってお怒りになっていたのでは?」


 膝の上で大人しくしていたムスタファ(フェネック姿省エネモード)に訊ねるも、知らないと首を傾げられる。


「知る訳なかろう。いや待てよ。確かリオンが、俺様に向かって口にしていたような気がするのだが……?」


 最近では本気で怒っていても、有難がるようにお礼を口にする者までいる。

 たまにリオンが「でんかはツンデレだからねー」とかなんとか言っていたような?


「一種の呪文のようなモノでしょうか?」

「……どうにも嫌な予感がする」


 先程の嫌な予感とは違うが、解せない気持ち悪さがあった。

 だがそのアラバマの嫌な予感は当たらずとも遠からず。


 その後、アラバマが怒っていても「はいはい、ツンデレツンデレ」と返され、愛情表現が苦手で不器用な人扱いされていることを知るのだけれど。

 本来の意味とは違うが、アラバマはそのツンデレの代名詞のような扱いとなる。

 こうして妖精の置き土産の中で一番厄介で面倒な置き土産として、『ツンデレ』はアラバマの心に深く刻まれたのであった。


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