第3話 負け犬と負け犬

 妻である皇太子妃リリィを肉体的に満足させられないコンプレックスが大爆発したヴィクターは、あろうことか親友のエドガーにリリィと寝ろと強要し始めた。


「さあさあ、はやく始めてくれ」


 子犬は急に元気になり、へっへっと舌を出して二人を応援し始めた。


「あのなあ、俺たちはこれから楽しくヤるからさ、部屋から出て行ってくれないか?」

「何を言うんだ? 僕は一応リリィの夫だ。妻の姿を見届ける義務があるぞ」

「そんな義務知るか!」


 リリィも必死にヴィクターを説得する。


「ねえあなた……私、あなたに見られていると緊張してしまって……」

「君は僕に見られていると緊張するのかい? やっぱり僕なんか君に相応しくなかったんだね」


 負け犬根性を刺激してしまったことで、リリィの説得は逆効果に終わってしまった。余計面倒くさいことになってしまったとエドガーは後悔しつつ、何とか説得を続ける。


「しかしだな、もしこれで本当に子供が出来てしまったらどうするんだ!?」

「その時は僕の子として大事に育てるよ。それに、数代前に皇室からロンド家に降嫁した皇女がいた。皇室の血が入っていればそれでいいじゃないか」

「そういう問題でもないんだけどなあ……」


 子犬のヴィクターは、つぶらな瞳をキラキラさせて二人を見守っている。


「後のことは安心しろ、なにせ僕が頼んだことなのだからな。二人とも僕に言われたと言えば世間も納得するであろう」

「しないしない」


 エドガーはこの無茶苦茶な子犬をどうしてくれようと思案する。所詮子犬であるため、無理矢理捕まえて檻か何かに閉じ込めたり紐で繋いでおくということもやろうと思えばできることであった。しかし、中身がヴィクター皇太子となると話が変わってくる。それに、繋いだところで人間の姿に戻ってしまうと余計ヴィクターの卑屈な根性を刺激してしまうおそれがあった。


 そうやって窮地をどうくぐり抜けるかエドガーが必死で考えていると、子犬が急に眼差しを変えた。


「まさか……やっぱり貴様リリィに性的な魅力を感じないというのか?」

「なんでそうなるんだ!? そんなことないぞ、こんなに綺麗な可愛い子と毎日一緒に寝られたら幸せだろうなくらいは思うからな俺だって!」

「じゃあ今すぐリリィを慰めてくれ! これは勅令であるぞ!」


 エドガーはこのバカ犬を掴んで窓から放り投げたい衝動に駆られた。しかし、何とかそれを踏みとどまって足元で目をキラキラさせている子犬を掴みあげると寝台の上に置いた。それからリリィに近づき、再度耳打ちをする。


「妃殿下、申し訳ありません。か弱い姿でもなければ一発殴っているところなのですが……流石にあの姿では何をしても潰れてしまいそうで手出しができません」

「いいえ、あの人が変なのはあなたのせいではないので気を悪くなさらないで」

「勿体ないお言葉、恐れ入ります」


 エドガーは覚悟を決めた。そのままリリィを優しく寝台に押し倒す。


「ご安心ください、純潔は保証いたしますので」

「しかし……」

「アレは犬になりすぎて少々バカになっているのです。ほら、見てやってください」


 リリィは寝台の上で目をキラキラさせている子犬を見る。まるでおやつでもねだるような子犬の瞳は、目の前で妻を寝取られようという男の顔をしていなかった。


「最大限の努力は致します。ですので、アレをひとまず満足させましょう」

「満足、ですか?」


 エドガーは、ヴィクターがおかしくなった要因に「妻を満足させられない惨めさ」があると見当をつけた。そこで、形だけでもリリィが満足したように見せることができればヴィクターも少しは満足するのではと考えた。


「そうです、では失礼させて頂きます」


 エドガーはリリィと向き合った。それからゆっくりと彼女の首筋に顔を埋める。


「あ……」


 エドガーの熱い吐息がリリィの首筋にかかる。


「そのまま目を閉じて、息をゆっくり吐いていてください」


 ゆっくりリリィは頷く。エドガーもリリィへの演技指導をしながら上辺だけの行為を行う覚悟を決めたが、白いリリィの美しい首筋を眼前にして一瞬その覚悟が揺らぐ。花のような乙女の匂いに、エドガーの身体は律儀に反応する。


「そうだそうだ、リリィ、気分はどうだ……ん?」


 ヤケクソになって煽る子犬とリリィは同時に目を丸くした。


「……どうなっているんだ!?」


 急にエドガーの姿が消えた。残された彼の服の中で何かがもこもこと動き、小さな子犬がちょこんと顔を出した。子犬は大きな耳をぱたぱたと動かし、リリィとヴィクターを眺めてから短い前足をてちてちとリリィの胸元に押しつける。


 そして、子犬はエドガーの声で大きな悲鳴をあげた。

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