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 進学校の秀麗学園といえど始業式に授業はなく、諸処の連絡事項と冬休み中の宿題を提出するだけで終わった。

 秀麗では部活動は強制というわけではないけど、九割以上の生徒がどこかに所属しているらしい。なので、今日は部活をしに学校に来ているという生徒がほとんどだった。

 それならば僕はすぐに帰るというのが使命のはずで、いつもならそうしていたが、今日はそういうわけにもいかなかった。


 それはやはりというか、クラスメイトの共通認識で、ホームルームが終われば即解散になるはずが八割方は教室に残っていた。

 現在はクラスの中心グループがカシアを取り囲んで質問攻めしており、周りはそれを見ているか聞き耳を立てているかのどちらかだった。他クラスの人も教室をのぞき込んでいるほどだからたいした人気である。


「転校生って小説とかアニメじゃ当たり前だけど、本当に来るんだな。しかも可愛いときた」

 

 僕の隣に座る月人が爽やかな顔で言った。

 ホームルームが終われば月人はすぐに部活に行くけれど、異性の優先順位が低い彼でもこの転校生イベントは気になるみたいだ。いつもなら今カシアを取り囲んでいる中心グループメンバーの月人だけど、あちらには参加していない。

 

「月人でも可愛いとか思うんだね」


「そりゃな。女バスにも可愛い子けっこういるよ」


「へぇ、狙いにいったりしないの?」


「しないよ。可愛い子は眺めるだけで満足だろ」


 月人にとって「可愛い」と「付き合いたい」はイコールではないようだった。彼のファンには聞かせたくない台詞である。いや、推しを端から見るだけで共有したいという気持ちなのだとしたら最適解なのかも。月人に恋人が出来るというのは長年の付き合いの僕からすれば天地がひっくり返るほどのぶっとび具合だし。

 なんてアホなことを考えたついでに、聞いてみることにした。


「あの転校生はどう? 月人とならベストカップルになるよ。誰も文句はいわない」


「冗談だろ、あれは高嶺の花ってやつじゃん。それこそ眺めるだけの存在だわな」


「そっか。お似合いだと思うけどね」


「それをいうなら、冬紀はどうなんだ?」


 僕は肩をすくめてみせる。

 それこそ冗談な話だった。容姿や人格の釣り合いとかの話ではない。僕の彼女への気持ちは恋愛なんてものはとうに通り越しているのだ、尊敬や崇拝なんて言葉じゃ生温いほどに。

 

 また、無意識に傷跡が少しも残っていない肩口に触れる。

 カシアが無事に生きていてくれて良かった。

 彼女の姿を見て驚きも戸惑いもしたけれど、やはり一番は安堵していた。書き置きがあったとはいえ、僕を助けるために何か不利益を被ったのではないかという不安がどうしてもあったから。

 あらためて、クラスメイトたちと談笑しているカシアを一瞥する。そこには容易に想像できた人気者の彼女がいた。どんな方法で学校に入ったのかは見当もつかないけれど、元気でいてくれてよかったと心から思う。


 とはいえ、僕たちが校内で関わることはない。

 

 彼女がクリスマスの日に僕が話したことを覚えてくれていたら、カシアが話しかけてくることはないはずだった。そうでないと困る。嫌われ者の僕と繋がりがあるなんて知られたら彼女の人気を傷つけるのは必須だった。

 

 それよりも。

 僕は、カシアの席とは真逆の窓側の席に視線を送った。

 カシアの名前を聞いて強烈な反応を示した、早朝の読書女子はホームルームが終わったあとすぐに帰ってしまっていた。

 

 葛葉凛子。それが彼女の名前らしい。

 

 葛葉さんは八坂先生に「なんだ生き別れの姉妹だったのか、葛葉」と冷静に茶化されてから何も言わずに席に座っていた。それよりクラスメイト全員は、あの淡々と物事をこなす愛想の欠片もない八坂先生が冗談を言ったことの方が立ち上がってしまうほどの驚愕だったので、葛葉さんの反応は相殺されたどころか下回り、誰も気にすることはなくなっていた。


 もちろんそれは、僕とカシアを除いて、だけれども。

 

 すると突然、頭の中に声が響いた。


『冬紀。もしかして、私のこと考えてる?』

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