第41話 襲撃の前触れ

「はっはっは。儂が大層矛盾を言ってることは承知しております。武器を大量に作っておいて、戦争はダメだなんて、シャレにしても笑えない。しかし、我々鍛冶職人がより良い物を作るためにはそうした環境が必要なのも事実なのです。儂の曾祖父の時代から祖父へ、祖父から親父へと時代が下るにつれて鍛冶職人や建築士がどんどん増えていったのは、ここがそうした土地だからです。そうして、ここは有数な鍛冶職人の街となりました。ここで作るものは、他の街で作られるものより数段レベルが高い」


「そうだね。ここに並んでる武器は王都のものと遜色なさそうだ」


 アルスの目の前には様々な意匠を施した武器が並んでいる。そして何より、ひとつひとつの作り込みが非常に丁寧だった。職人のプライドと意識の高さが武器を通して伝わってくる。


「ここの鍛冶ギルドでは鋼を鍛えるのは当たり前、アパタイト鉱石まで扱えてやっと一人前と見なされるんです。鍛冶ギルドの中にはもっと珍しい鉱石だって扱える者もいます」


「もっと珍しい鉱石?」


「アダマンティウムです。硬度は申し分なく、そのうえで弾性も兼ね備えた鉱石。武器にはうってつけですが扱いが難しい。これを扱えるのは鍛冶師の中でも少ないでしょう」


「それなら知ってる。陛下や兄上たちが用いている武器の素材だね。僕は触ったこともないけど、普通の鋼の数十倍の耐久性と切れ味だとか」


 アダマンティウムは貴重な鉱石として有名だ。現在この大陸でアダマンティウム鉱石が採れる国はザルツ帝国とゴドアの二か国しかない。


 そのためアダマンティウムの材料を使った武具は、非常に高額で取引されている。武人なら誰でも憧れるものだ。


「そうです。そうした有能な鍛冶師がこの街には結集しております。そこに、3大ギルドの奴らがやって来たのです。『アダマンティウム鉱石など貴重な鉱石の流通量を今の10倍に増やし、儂らの作る商品を通常レートより20%高く買い取る。鉱石の安定供給も約束する。その代わり、鉱石の交易権の全てを我々に任せてくれないか?』彼らはこう言って儂らに接近してきました。当時、鉱石不足でどこも商売あがったりだったんですよ。鉱石が無けりゃ武器も作れん。そこへ来て、大量の鉱石を持って来てくれ、おまけに武器まで買ってくれる。もちろん、大半の職人どもはこの条件に飛びつきましたがね」


「エハルトさんは、どう思ったんですか?」


「儂も最初は良い条件だと思いました。ですが、鉱石の交易権の全てということは、今まで付き合いのある採掘屋と縁を切らなきゃならん。それまで信頼で成り立っていた商売相手を切って、好条件を持ってきた見知らぬ相手と付き合うっていうのは正直気が進まんかったです。ですから、色々調べ始めたんですよ。そうしたら、どうもキナ臭い話が出て来たんです。当時鉱石不足だった理由は、新手の商会が相場の2倍の値段で採掘場から買い占めていたことが分かったんです。それを調べていくと・・・・・・」


「3大商会ギルドに行き当たった?」


 エハルトは苦虫を嚙み潰したかのような表情を浮かべる。アルスの答えは図星なのだろう。エハルトの表情を見るだけでよくわかった。


 名前を聞くだけでも、うんざりするという感じがありありと出ている。きっと、思い出すだけでも嫌なのだろう。


「そうです、3大ギルドのひとつ、グランバッハ商業協会の息のかかった商会が鉱石を買い占めていたことが分かったわけです。なんのことはない、儂らの苦境の原因である鉱石不足はあいつらが作り出したものだったんです」


「話から察するに、もし鉱石の交易権の全てを彼らに与えていたら彼らの気分次第で鉱石不足になることも十分想定出来るということだね」


「まったくです。最初に付けた好条件なんて鉱石の供給量をコントロールされたら全く意味がないんです。儂ら鍛冶ギルドにとって鉱石は水と同じです。水を盗られたら死ぬだけです。ですから、儂は鍛冶ギルド長として絶対にこの条件は飲めないと反対したってわけです」


 グランバッハ商業協会のやり方は狡猾だった。エハルトにその件を追及されたその後も、息のかかった商会独自の判断だと主張して、しらを切った。直後に鉱石の買収をしていた商会は火事に遭い、保管していた証書などは全て灰となってしまった。要するに証拠隠滅を図ったのである。


 エハルトはリヒャルト伯爵の協力を得てなんとか3大ギルドを追い払った。しかし、彼らはその後も新聞社を使って有りもしないエハルトの失墜を狙ったスキャンダル記事を何度も書かれることになるなど嫌がらせを受け続けて来たのだ。


 その日、アルスは息子としてエハルトの鍛冶仕事を手伝いながら、エハルトと夜遅くまで様々な話をした。次の日も目立ったことは起こらなかった。次の日も、その次の日も何事も無い日常が流れていく。そして5日が経った頃、エハルトの店に一人の客が訪れる。その客は店の中に並べられていた様々な剣を眺めていた。


「いらっしゃい」


 エハルトが声を掛けると、その客は見向きもせずに尋ねた。


「おやじ、この店で一番良い剣はどれだ?」


「ああ、それならこの店の一番奥の部屋にあるんだ。ダニー、一番良いやつ持って来てくれ」


「はい、父さん!」


 息子のダニーに扮したアルスが返事をして、すぐに店の奥から剣を持ってきた。


 その客はダニーの顔をちらりと見ると剣に目を移した。


「ほぉ、これはアダマンティウムか?」


 男は剣を手に取ると刀身をかざしながら薄目で刃の輪郭を追った。


「お客さん、よくご存じで!」


「この街を探してもアダマンティウムの剣にはなかなか出会えんからな。ちと、目方が重いのが気にはなるが良い剣だ。おやじ、この剣以外はないのか?」


「残念ながら、在庫は今それだけでして」


「そうか、残念だな。もうちょっと探してみるか。おやじ、またな」そう言って、その客は帰って行った。帰った直後にアルスはエハルトに小声で話しかけた。


「エハルトさん、今の客。襲撃は近いと思う」


 エハルトはびっくりしてもう一度その客が出て行った方を眺めたが、もう彼の姿は通りを歩く雑踏の中に溶け込んでしまっていた。現場に直接来たのはターゲットの顔の確認をしに来たということだ。大胆不敵であり自信があるのだろう。


 アルスはその客の姿を見た瞬間に彼が襲撃犯だと直感的に分かった。彼の歩き方や仕草はおおよそ一般人とはかけ離れている。動きに無駄が無い。そして何より僅かなオーラが漏れ出ている。その直後にフランツが客の振りをしてやってきた。


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