第38話 結晶石と新しい武器
次の日、フリートは部下に指示して傭兵部隊から腕利きを寄こすように手配させた。もちろん、彼らには大元の雇い主がグランバッハ商業協会であることはわからないようにしてある。
数日してランドベルという商会のもとに、黒の狼という傭兵ギルドから二人の男が派遣された。ひとりはファルク・ガーランド、もう一人の男の名はミルコ・オットマーといい、ふたりは暗殺を専門に請け負う仕事をしていた。
ランドベルというのはグランバッハ商業協会の関係者が人づてに作らせたダミー会社であり、足跡は辿れないようになっている。ふたりがその商会のある建物に入ると中はガランとしていてもぬけの殻だった。大きな部屋があり、その真ん中にポツンと机が置いてある。ファルクが机の引き出しを開けると、中に手紙の封筒が入っていた。
「これだな」
ファルクが手紙の封筒を開けると中に指示書が入っていた。中には名前、住所、年齢、性別、容姿の特徴などが入ったリストが入っていた。
「今回も大した仕事じゃなさそうだなぁ」
ミルコがリストを見て愚痴った。
「仕事を選べる身分じゃねぇんだ、黙ってろ!」
「でもよ、兄貴は元々ベルンハルトの十傑に居たんだろ?もうちっと歯ごたえと報酬が良い仕事があったらいいとか思わないのか?」
「ちっ、その話は・・・・・・」
「ああ、ごめんごめん。ついうっかり・・・・・・へへ。でもよ、要人でもない領民ばっかりってのもなんだか味気ないと思ってさ」
「減らず口が絶えない野郎だな。言ったろ、俺たちは上から来る仕事を淡々とこなすだけだ」
そう言いながらもファルクの脳裏には十傑と呼ばれた時の忌まわしい記憶が蘇って来る。十傑に選ばれれば報酬は破格、第二王子が認める英傑の一人になるということはそれだけの影響力も及ぼせる。
俺の天下だと思った。くそっ、あの女、あの女さえいなけりゃ・・・・・・そこまで考えて頭を振った。
「行くぞ、ここにはもう用はねぇ」
それだけ言うとファルクは建物を出て行った。ミルコが後を追う。
エハルトの知人が次々と殺害されていったのはそれから数日経っての出来事だ。
※※※※※※
アルスがリヒャルト伯爵からの手紙を受け取ったのは8月に入ってからであった。
手紙の内容にはノルディッヒで起こっている現状が書かれてあった。ガーネット教の不穏な動きに加えて3大ギルドが連動して動いているとのこと。
商人のジェルモについてこそ記されてはいなかったが、リヒャルトがアルスに手紙を出したのはアチャズから話を聞いたからである。アルスは手紙を読み終わると、傍にいたマリアとフランツに簡単に説明をした。それを聞いてマリアがすぐに尋ねる。
「それでは、ノルディッヒに行かれるのですね?」
「そうだね。しばらく留守になると思う」
「そういうことなら俺も行くぜ」
聞いていたフランツが意気揚々と参加の意志を顕わにする。
「フランツも?でも、戦闘は無いと思うけど」
「護衛は必要だろ?それに、ノルディッヒに行くんなら調達しておきたいものがある」
「調達しておきたいもの?」
「これだよこれ」
そう言いながら、フランツは剣を抜いて見せる。抜いた刀身の部分が欠けていたりヒビが入っていたりしている。
到底使い物にはならない状態だと誰が見てもわかるくらいにぼろぼろだ。
「パトスたちのおかげで今の俺たちゃ次元の違うレベルにまで到達出来た。だけど、強くなり過ぎたせいで武器がもたないんだよ。その辺のやつじゃ良くて刃こぼれ、悪けりゃ一発でポキッと逝っちまう。そのせいで常に手加減しながら鍛錬しなきゃならん」
フランツの指摘は的を得ていた。実際、強くなっても武器の強度のために手加減しながら戦うというのは余りにもナンセンスだ。
先日も手合わせした際に、新調したお互いの武器が壊れてしまうということがあったばかりだ。これでは、武器がいくらあっても足りない。
「アルス、結晶のほうはどうなんだ?」
フランツが思い出したように尋ねた。
「ああ、それならもう大丈夫!武器に付けられる大きさのものが完成したんだ。ちょっと待ってて」
そう言ってアルスは執務室を飛び出ると、急いで走って戻ってきた。
「これこれ、遂に完成したんだよ!」
アルスが手に持っている結晶石は今までのものより数段大きい。
「やったじゃないか!!でも、この前みたいに光ってないけど、どうやって使うんだこれ?」
「これに魔素を込めてみてよ」
フランツは渡された結晶石に集中して魔素を込めると青く輝き始めた。
「綺麗!」マリアが思わず呟く。
「おお!これなら武器の耐久度も上がるってやつか?」
「そうそう!結晶石を埋め込んでオーラを流し込めば、武器の切れ味は別として、強度自体は間違いなく上がるよ。でも、これを付ける鍛冶師がうちにはいないからね。ガムリングさんは、水車や日用生活品がメインの鍛冶師だし・・・・・・」
ガムリングに取り付けが出来ないわけではないだろうが、水車のメンテナンスや日々の鍛冶仕事で手一杯だろう。
こちらの武器まで頼んでしまうことは出来ない。そもそも鍛冶師の絶対数が足りない・・・・・・。
「それなら全員でその結晶石を持って行って向こうで付けてもらえばいいんじゃないか?」
「ううん、そういうわけにもいかないわ。ここを空けるわけにもいかないし、仕事だってそれぞれあるんだし」
マリアがフランツをたしなめたが、本来ならそうしたいのはやまやまである。
「フランツの気持ちはよくわかるんだけど、マリアの言う通りだね。ルンデルも前回の敗戦で大人しくしてくれてるけど、ここの守りを手薄には出来ない」
「パトスたちじゃだめか?」
「城兵たちには受け入れてもらえてるけど、領民にはまだだからね。それもちょっと厳しいかな。それに彼らだって武器は欲しいだろうね」
「はぁ~、いっそ、武器を作れる鍛冶師をどっかから攫ってきたらどうだ?」
「んな、無茶苦茶な」
アルスは苦笑しつつも思わずチラッと考えてしまうぐらいには困っているなと自虐的な思考を振り払って話を続ける。
「とはいえ、結晶石を武器に取りつけたとしても継続的にメンテナンスする必要があるからこの村にも鍛冶師は欲しいね。行ったらちょっと相談してみるよ」
「そうしてくれ。あと、俺は絶対行くからな!」
「わ、わかったよ・・・・・・」
執務室を後にするフランツの後ろ姿を見てアルスは小さく溜め息をついた。問題は武器だけの範囲では収まらなくなってきている。エルンの発展に伴って人口も多くなってきた。新しい村の建設も進み始めているが、圧倒的に人材不足なのだ。
人口は増えてもそれを支えるだけの技術者がいないという喫緊の課題が出て来ている。それだけ前に進んでいるということなのだが、頼れる鍛冶師がガムリングひとりではもうどうしようもない状態にまで来てしまった。
「アルスさま、よかったんですか?」
「仕方ないさ。フランツの言うことももっともだしね。僕らは以前より強くなった。強くなったらそれに見合う武器は必要だよ。ノルディッヒには僕とフランツで行ってくるよ。マリアにはここの指揮を任せるよ」
「ノルディッヒの州都アウレリアは凄く綺麗な街みたいですよ?私もアルスさまと一緒にその街を歩きたかったなぁ・・・・・・」
「マ、マリアまでフランツみたいなことを・・・・・・!?」
「ふふふ、冗談です。でも今度は私も連れてってくださいね♪」
「う・・・・・・わかったよ」
マリアが言うとフランツより圧が凄い気がするのは何故だろう?と思うアルスであった。
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