買い物

 ある休日、エリオットとウィスは二人で村の市場に来ていた。

 物心が着いた頃には、エリオットは剣と魔法の練習漬けだったので、活気のある場所に行った事はほとんど無かった

 ウィスにとっては祖母からのお使いで何度か行った事があるだけで、楽しむといった場所では無かった。そのような二人がここを訪れたのはエミリエの体調がすぐれなかったからだった。クラーレは母に付き添って看病をしていた。クラーレの魔法では治せない病気もある。その代わりに買い物を頼まれ、市場について詳しくないエリオットは、ウィスを連れて市場までやってきた。

 籠を手に持ったウィスはエリオットの袖をつまみ、人混みの中に入っていく。

「ウィス、買い物の内容、分かるの?」

「うん、大丈夫。メモを読むことが出来るから」

 ウィスは嬉しそうにメモを見ている。彼女はもう簡単な文字なら読めるようになっていた。

「ニコ茸とアガスとコリルは、あそこの店が安いわ」

 人混みの中を小さな体で入っていく。途中エリオットの袖から指が離れそうになったので、ウィスはエリオットの手を握った。

「おじさん、ニコ茸十六個とアガスとコリル四つずつ。少し負けてくれる?」

 野菜のみを扱っている強面の店主に、ウィスは遠慮などなかった。

「お嬢ちゃん、またお使いかい? その子は彼氏?」

 途端に柔和な顔になった店主が聞いてくる。

「うん!」

 ウィスは店主の質問に素直に頷いた。彼氏と質問されたがウィスは受け答えた。

「わかったよ、少し負けてあげる」

 店主は笑顔で返す。

「ありがとう。またここに買いに来るね!」

 ウィスは店主に手を振りながら、また別の店に入っていく。

「手慣れているね」

「買い物ぐらいは任せてよ。いつもエリオットには、お世話になっているから」

「いや、僕は何もしてないよ」

「ううん。エリオットがいなかったら、文字の読み書きも出来なかっただろうし、それに……」

 何かを言いかけて、ウィスは押し黙ってしまった。その代わり、エリオットとつないだ手に力がこもる。

 エリオットは、剣を握ったことも無いウィスの柔らかい手に、異性というものを認識させられた。

「それに、……どうしたの?」

「ううん、何でも無い」

 市場の人混みを器用に進むウィスの耳が赤くなっていた。

「あっ、ここ、ここ!」

 話を誤魔化すかのように、突然ウィスが気分を高揚させ指差した。

 そこは特に人で賑わっている精肉店だった。店頭には色々な種類の家畜やジビエ、部位が並べられ、それぞれに値札がついて売られていた。

「おばさん、この肉を頂戴!」

 ウィスは肉を吟味して指差した。

「あいよ! 銅貨五枚だね」

 溌剌とした店主の返事が返ってきた。

 エリオットはウィスを連れてきて正解だと思った。口頭で伝えても違う肉を掴まされていたかもしれない。どれだけ世間知らずかを思い知らされた。

「あそこの肉屋は、小父さんが直接仕入れたり獲って来たりするから、種類があって安いの」

 ウィスは貰ったメモを読んで確認していた。

「これでお買い物は終わりね。さあ家に戻りましょう」

「お母さんから貰ったお金は、いくら余っている?」

 ウィスは財布の中を確認した。

「銅貨六枚余っているよ」

「それで何か甘いものでも食べよう!」

「ええーっ!? ダメだよ、そんなことしちゃ」

「お母さんから、余ったら小遣いにしていい、って言われたんだ」

「……本当?」

「うん。本当だよ。どこか、甘いものを売っているお店はない?」

「うーん……、それなら」

 半信半疑の表情を見せながら、ウィスはエリオットの手を引っ張り、家とは逆の方向に向かった。

「あそことか、どうかな」

 ウィスが向かった先は『ラパンナ』という店だった。店頭から甘い匂いが漏れている。店の中はカウンター席六つとテーブル席が四つあった。カップルだろうか若い男女の二人組が目立つ。

「うん。良いんじゃないかな」

「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

 その確認の言葉を発する前に、エリオットはウィスの手を引っ張って店の中に入った。そして空いているテーブル席に座ると、すぐに給仕がやってきた。

 その給仕がウィスの服装を見て一瞬、訝しむ表情を見せたのをエリオットは見逃さなかった。

「ご注文は何になさいますか?」と彼はエリオットに訊ねる。

「ウィス、何がおすすめ?」

「……ごめんなさい。甘い匂いがしているから気になっていただけで、メニューは分からないの」

「店員さん、じゃあ、おすすめのものを二つ」

「おすすめのもの……、銅貨四枚になるけど、大丈夫?」と、給仕は訝しげに問う。

「ええ、大丈夫です。ウィス、余っているお金を出して」

 慌ててウィスは財布から銅貨六枚を取り出した。

 それを見た給仕は「かしこまりました」と、態度を変えてキッチンに戻っていった。

 さっきまで溌剌としていたウィスが、急に黙ってしまった。

 何となく彼女の気持ちが分かったエリオットは、そんなウィスに笑顔を見せた。

「大丈夫。僕は全然気にしていないから」

「ごめんなさい」

「それ! ごめんなさいは禁止!」

 再び謝ったウィスに、エリオットは指をさす。

「うん、ごめんなさい。……あっ!」

 ウィスは思わず自分の口に手を当てた。

 そんなウィスにエリオットは微笑みで返す。

「せっかく甘いものを食べるんだから楽しまないと」

「う、うん。そうだよね。ありがとう」

 気を取り直したのか、ウィスの顔に笑みが戻ってきた。

 まもなく給仕が、カトレットという甘い香りのするお菓子とシロップを持って、「お待たせしました」と言いながら二人の目の前にそれを置いた。

「わぁっ!」

 ウィスは満面の笑みで、丁寧に盛られたカトレットを見た。

「ごゆっくりどうぞ」と、給仕はウィスの笑みに釣られたのか口角を上げた。そして注文を待っている別のカップルに足を運んだ。

「美味しそうだ、食べよう!」

「うん!」

 ウィスは我慢できないといった感じでシロップをかけて、ナイフがあるにもかかわらずフォークで切って口に運んだ。

「ん~~っっ!!」ウィスはフォークを置いて自分の頬を押さえた。「いたーーい!!」

「はははっ」

 ウィスの表情を見て、エリオットは思わず笑い声が出た。

「ほっぺたが落ちるって、こういうことなのね!」

 彼女は笑顔で、まだ頬を押さえている。

 普段、甘いものを食べることがないのだろう、ウィスを連れてきて良かったとエリオットは満足げな表情を見せた。エリオットもシロップをかけナイフとフォークを使って口に運ぶ。

「うん! ふわふわしていて美味しい!」

 時々エミリエが焼くカトレットとは、また違った食感と甘さが口に広がる。

「お店のカトレットって、こんなにも違うんだ」

 器用にナイフとフォークを使って口に運ぶエリオットを見て、ウィスはそれを真似した。ナイフを前後に動かし、カチャカチャと皿が音を立てる。

「あまり力を入れなくても大丈夫だよ」

「そ、そう?」

 ウィスは恥ずかしさに赤面する。

「こういう感じ」

 エリオットは手本を見せた。

 それを見たウィスはエリオットに倣って、ゆっくりと押して切った。

「そうそう、いい感じ」

 エリオットとウィスは憚ることなく、まるでカップルのように談笑しながらカトレットを頬張っていた。

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