第17話 幼女、弟子(三〇年後のすがた)との再会

 ウチとクゥハは、飛空艇の着陸地点で待機をする。


 飛空艇が、三隻近づいてきた。後ろから一〇隻ほど近づいてきているが、そちらは海に降下して着水した。指示があるまで、待機しているのだろう。


「あれって、アトキンが開発したんですよね? すごい技術です。船が空を飛ぶなんて。ワタシは森からでしか、見たことがありませんが」


「魔王ベルゼビュートの城が、空にあったからな」


 またの名を、『天空城』。とても人間では登りきれない場所に、ベルゼビュートの根城はあった。

 打開策として、飛空艇を開発したのである。


「どうして、母は城を空に浮かべようとしたのでしょう? 【葡萄酒の魔女ソーマタージ・オブ・ヴィティス】に恐れをなしていたわけでもないでしょうし」


 たしかに。

 あんなところに攻め込めるのは、せいぜい【葡萄酒の魔女ウチ】くらいである。

 

「気まぐれやったらしい。『魔王たるもの、簡単に侵攻される場所に住まないだろう』とか言うてたな。調子乗りイチビリやったんや」


 母親だとしても、ベルゼビュートの性根はマイルドヤンキーのようなヤツだった。「天下取ったる」的なノリでこの地を侵略しようとして、ウチに敗北したのである。おおかたヤンキーが大型ワゴンを買う勢いで、天空城を建てたに違いない。結婚したての大工さんかな?


「あの飛空艇、攻撃はしてこないですよね?」


「いけるやろ。攻撃艇は、着水してるからな」


 よくみると、着水している飛空艇は、武装していた。


 とはいえ飛空艇が何隻いようが、カニエ一人いれば十分である。あんな物騒なものを連れてくるくらいなら、カニエ一人いたらいいし。それくらい、カニエは強い。

 

 ひときわデカい飛空艇が、ウチの前に降りてきた。


 一人の中年女性が、こちらに向かって歩いてくる。


 カニエだ。随分と年を取って顔立ちは変わったが、佇まいでわかる。間違いなく、カニエそのものだ。メガネも黒縁から銀縁に代わり、口角周りにシワも目立つ。四〇代女性の割には豊満すぎるプロポーションも、カニエを連想させた。


「えっと、セルバンデス国・調査兵団のものです。えっと。アトキン・ネドログに会いに来たんですが?」


 風になびく髪を手で抑えながら、カニエがウチに尋ねてくる。

 

「ウチがそうや」


 胸を張って、ウチはカニエに告げる。


「……マジですか?」

 

「大マジやで」


 もう一度、胸を張る。

 

「ようこそ。カニエ・ゴズリング。今は、カニエ・セルバンデス皇太子妃やったな」


 慣れないカーテシーで、カニエを迎えた。


「口調はたしかに、我が師と似ていますが」


「子どもは元気か? 下乳にあるほくろを、母乳と間違えて吸うたりされへんかったか?」


「その口ぶりは、たしかに師匠ですね。お久しぶりです」

  

 ようやく、カニエはウチをアトキンと認識してくれたようである。


「随分と、小さくなりましたね。初めてあった頃から、老け顔だったのに」


 師匠に向かっても、相変わらずこの口の聞き方だ。これぞ、カニエである。


「ついに幼女化したんや。この間見せた魔物と融合して、この身体になってん」


 ウチはクルンと一回転した。


「楽しそうですね」


「せや。第二の人生を謳歌してるで」


「それで、私への連絡も忘れていたと」


「忘れていたのは、あんたへの連絡だけとちゃうねん……」


 今日が何日、何年だったかとかも、忘れていたくらいだし。


「その様子だったら、ますます師匠そのものですね」

 


「それで、こちらの方は?」


「魔族や。ダークエルフの血を引いてるで」


 ウチがそう紹介すると、クゥハはカブトを脱ぐ。


「どうも。アークゥハートと申します」


 ダークエルフの顔を、クゥハはカニエに見せる。


「……ベルゼビュート!」


 クゥハの顔を見た途端、カニエが杖を掴む手に力を込める。


 だろうな。ウチもそういうリアクションを取った。これは、仕方がない。


「この子は、ベルゼビュートの娘や。害はないで」


「本当ですか? 正直、魔王より強い魔力を感じますけど? 洗脳されたり……しませんね。あなたは。心配して損しました」


 クゥハが、後ろにいる飛空艇に合図をした。攻撃の意志はないと。


「どうする? 今日は、顔見世だけか? なんやったら、部屋に案内するで」


「お邪魔させていただきます。あと、兵士たちにこの地の観察をお許しください」


「ええよ。減るもんやないし」


「ですが、住人の存在も確認しています。ご迷惑なのでは?」


「近づいたり、話しかけるんは、堪忍してや」


「わかりました。調査隊には、そう報告しておきます」


 カニエは飛空艇に一旦戻り、部下たちに指示を飛ばす。


 兵士たちは、恐る恐る森へ入っていった。この森には、ウチが危険地帯にラインを引いてある。結界を張って、立ち入れないようにしたのだ。

 

「はい。準備OKです。では、調査させていただきますね」


「ウチが管理しているエリアには、危険な魔物とかはおらんさかい。じっくり、見てや。ほな、ウチらは家にお招きしよか」


 ウチは、カニエを自宅へ案内する。


「アトキン、ワタシは、みなさんに食べてもらえる分の食材を調達してきますね」


「おおきに、クゥハ。ほな頼むわ」


「行ってまいります」

 

 そそくさと、クゥハが森に消えていった。師弟水入らずと、気を利かせてくれたのだろう。


「ここが、ウチのハウスや」


「こじんまりとした部屋ですね」


「あんたが来るってわかったさかい、これでも拡張したんや」


 カニエが数日寝泊まりできるように、客間を作ってベッドも用意した。


「せやけど、ここまでぎょうさん人が来るって思ってへんかった。部下を引き連れてくるってのは聞いとったんやけど」


 こんなことなら、もっとどでかい屋敷でも用意すべきだったか。


「お気遣いは無用です。テントを設置しますので」


「ええし。人数言うてや。パパって作ってしまうよってに」


 さっそくウチは、木を切り倒しまくった。風魔法で木の皮を剥き、火炎魔法で水気を飛ばす。乾燥させた木を組み立てて、簡単な団地形式のお屋敷が完成した。


「どや? これで人数分、いけるやろ」


「ありがとうございます。アトキン様。部下も喜びます。飛空艇で寝泊まりって、窮屈なので」


 カニエが、屋敷の壁を撫で回す。

 

「おおおお。相変わらず、見事な手際です。やはりあなたは、我が師アトキンです」


 やはり口で説得するより、魔法の腕を見せたほうが早いな。

 

「このちょっと雑な切り口や、いいかげんな寸法など、どれもアトキン様そのものです」


「一言多いねん。あんたは」


「この隙間は気になりますね。塞いじゃいましょう」


 カニエは早速、ウチが雑に切り刻んだ丸太の寸法を整えだした。ウチの許可も取らずに。


 ウチもカニエを止めない。これでこそ、カニエである。


「これで、隙間風の心配もありません」


 

 こういうのは、几帳面なカニエにやらせたほうがいい。ウチの屋敷も、ちょっと整えてもらおうかな。


「せやな。師匠がウチでよかったわ。他の魔法使いなら、ピキってるトコやで」


 カニエはウチと違って、きっちりこなす。悪くいうと、いちいち細かい。


「長女の第一王女にも言われました。『お母さんは口うるさい』って。二時間も教えていないのに、私があげた杖を放りだしました」


 おそらくカニエ長女は、母親の完璧主義的な丁寧さが嫌で、魔法をやめたのだろう。


「次女は、魔法を続けてるんやって?」


「はい。あなたのいい加減な教え方も柔軟に思考して、見事に再現しています。トライアンドエラーばかりですが、あなたの教え方である『やりながら覚える』を、体現していますね」

 


 

 次女はウチのいい加減さも、受け継いだに違いない。

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