檎娘龍編

第37話 焔の洞窟

 山の中腹にある裂け目。先日訪れた時には気づかなかったその裂け目の奥深くは洞窟上の空間が広がっている。外以上の火のエーテルが渦巻いているようで、魔法など全く分からない私も倒れてしまいそうな熱気にあふれていた。手で仰いでも熱気が顔に当たるだけで、涼しくなるどころか悪化してしまいそうだ。


「うぅ……あのローブ羽織ってくればよかった……」

「まったく、事前の準備くらいさせろと。……マナミ、大丈夫か?」

「は、はい」


 ヒースさんがこちらに手を伸ばしかけた動きが一瞬止まる。どうしたのかと彼を見上げれば、その赤い瞳が空を迷っていた。


「その……すまなかった、マナミ」

「? 何がでしょうか」

「先ほどの。……俺の、選択肢の件だ」


 彼の言葉に目をみはる。──本当は、気にしていないですと笑って、やるべきことに注力した方が良いと、頭ではわかっていました。


「……傷つきました」

「う、」


 それでも私は唇を尖らせて子どもみたいにすねてしまう。

 不要だけど必要だから。ヒースさんの腕をつかんで歩き出しながら言葉は続く。


「私の気持ちを勝手に決めて、勝手に決めようとして……ううん、ヒースさんが選ぶのはヒースさんの自由かもしれません。でも私の幸せを願うのなら、何より私の言葉を聞いてほしかった」

「…………すまない、その」


 口ごもるヒースさんに申し訳なさが募るけれど、ここで謝ったらヒースさんの前言を認めてしまうことになる。……どう答えればいいでしょうか、前を向きながら考えて、それならと代わりに口を開く。


「私の幸せを願ってくれるのなら、ヒースさんがまず幸せになってくれないとダメですよ」

「……俺が?」


 赤い瞳がぱちぱちと姿を見え隠れさせる。そんなに彼が驚くようなことをいったわけじゃないのに。


「はい! ……私が願いを叶えられても、それでヒースさんが我慢したりつらかったら、ちっとも幸せじゃないです」

「……別に、我慢やつらい思いをしているつもりはない、が」

「やりたくてやるわけじゃないんだったら同じことです」


 彼の願いは覚えている。だからこそ。


「私に幸せになってほしい、なんて。私だってヒースさんには幸せになってほしいのに」


 そう呟けば、隠れたり現れたりしていた瞳は零れ落ちそうなまでに見開かれた。


「…………それなら」

「はい?」


 私の手を握りしめるヒースさんを見上げれば、この場所の熱気だけでない不思議な空気が流れる。自然と背筋が引き締まるような……。




「俺の、幸せは」

「おっそいわよリュミエル! このアタシを待たせてどれだけ油を売るつもりで……あら?」


 ──不思議な空気は、台風のような勢いで洞窟の奥から登場した宮廷魔導師、ディノクスさんによって勢いよくどこかに飛んで行ってしまったみたいです。



 ◇ ◆ ◇



「あー、そういうわけ」

「は、はい。マザーの次世代を黎属れいぞくするようにと言われてここに来たのですけれど……」


 ……話をしながらも、冷や汗は止まりません。私の後ろからヒースさんが腕を組み、ディノクスさんをじっと睨みつけているので。


「へーん、ほーお、へーえ。それにしてはずいぶんお楽しみだったみたいじゃ……」

「ディノクス。お前はリュミエルに言われてここに?」



 ヒースさんの言葉にディノクスさんの眉がぐっと下がりますが、ため息と共にそれはゆっくりと解かれていきます。


「ええ。手伝いが欲しいからここで待ってるようにって。まさかアンタたちが来るとは思ってなかったけど」

「ディノクスさんがお手伝いしてくださるなら助かります、けど」


 サリアさんの話では、一連について王都で対処しているとのことだったはずだ。こんな場所にいて大丈夫でしょうか。

 そう考えていれば、ふわりと私の周囲に冷気がまとわりつく。ずっと感じてたうだるような熱さが軽減した気がした。


「でなきゃ来ないわよ。封印やらとどめを刺すのに比べたらよっぽど気楽な仕事だしね」


 それにしてもマナミくらいは熱さ対策くらいしてきなさいよ。リュミエルにいきなり放り出されたんだ。そんな二人のやり取りを見つめながら、私たちは洞窟の中へと足を踏み入れた。

 外の光も届かないのに、あちこちにある石が仄かに赤く輝いていて、不思議と明かりがなくとも中の様子がうかがえる。岩肌は起伏も大きく、時折先端がとがっている。ほとんど人が足を踏み入れるような場所ではないのだろう。


「でも、ディノクスさんが一緒に来てくれるのなら心強いです」

「魔法でのサポートはお任せあれだけど、ドラゴンの説得なんてアタシは出来ないからね。そこはアンタたちに任せるわよ」

書状スクロールがあれば十分なんだが……」


 どこか気が抜けるような会話を聞きながら、私たちは洞窟の奥へと進んでいった。

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