第32話 夜半の吐露
「……本当ですか、私が元の世界に帰れるための方法が分かったって」
半信半疑の心地でたずねる。前にディノクスさんが口にしていた話では、リスクがあるということだったけれど。暖かい飲み物を口にするだけでも言葉が転がりやすくなるのは魔法のようでした。
「ああ。元々いくつかこの辺りの世界じゃないかって推測はしていたけれど、それが確証に至ったってところかな」
「それが出来たのはお前だけだ。というか異世界を当たり前のように知覚すること自体が本来はあり得ないからな」
メッドさんが渋い顔でグラスに飲み物を注ぐ。自分の分を満たした後は当然のようにリュミエルさんのグラスにも瓶を傾けた。
「もちろんリスクはあるけれど、君が帰ることを選ぶなら実現は十分可能な範囲だ」
「何を言っているんだ。元々帰るための方法を探す間ここにいるという話で……」
私の方をみたメッドさんが口をつぐむ。
「あ、あの。その」
「いいんだよ、マナさん」
いたたまれなくなって何もまとまらぬまま開きかけた言葉を遮るようにリュミエルさんが笑みを浮かべる。
「いきなり今の話だけを聞いてのみこめることじゃないだろう。感想でも感情でも疑問でも、ゆっくり考えて言葉にしてごらん」
「……うまく、話せる自信がないです」
それでもきっと、彼は言葉を紡がずに選ぶことを良しとしないだろう。こちらを射抜く翠は神さまみたいな眼をしていた。
とつとつと、次第に言葉の蛇口が開いていく。
「絶対に帰りたくないわけじゃ、ないんです。帰りたいって思いもあります。……でも、帰らなくってもいいんじゃないかって。そう思う私もいて」
「帰りたいけど、帰りたくない?」
「はい。だって、今はすごい楽しかったんです。たくさんの動物に触れて、世話をできて、騎士団の人たちもみんな優しくて。……メッドさんはちょっと怖かったけど」
「おい」
「ぴゃっ、」
思わずこぼした言葉を聞きとがめたメッドさんの声に肩を震わせる。
「メッド、おどかさないの。マナさん、続けて」
「は、はひ。それで、ヒースさん。……ヒースさんは、どうなるんですか。今、他の場所でつかまって、見張られてるって聞きましたけれど」
口にしてから話題が変わってしまったことに気がついた。脇道にそれた問い。
それでも同時に、それがずっと──私が元の世界に戻れるかどうかよりもずっと、気にしていることなのだと言葉にしてようやく自覚が出来た。
「すぐに命の危機があるわけじゃない。……立場は難しいことにはなったけどね」
「ヒースさんが、グリフォンだからですか」
「一番はそれだ。加えて、あいつが
いつも笑みを口元に浮かべているリュミエルさんが、下唇を噛みしめる。
彼に何も言わずに飛び出したのは私たちなのに、 あの時出した条件を彼も悔いているのだろうか。
「……あの、リュミエルさんは言いましたよね。『覚悟をして選ぶといい。これから、どの道を歩むのか』って、ヒースさんに」
「ああ。聞こえていたのか」
「はい。……ヒースさんが選ぶ道って、いったいどんな道ですか?」
彼の正体を私とリュミエルさん以外も知ることになってしまった。……このまま人の世界に残るか、帰るか。その二択でしょうか。さっきよりもぬるくなったお茶に口をつけて返事を待てば、少しだけ間が空く。
「それはヒースの選択だ。……もちろん、完全にマナさんが無関係ってわけじゃないけれど、何故それを聞こうと?」
「……えっと、やっぱり、大丈夫です」
「おい、勝手に臆すな」
肩を縮ませる私を咎めるように、メッドさんのアメジストが細まった。けれどもその奥にははじめて会ったような警戒はなくて。
「この男に質問以上の意図はないぞ。お前が何を思って知りたいかを聞こうとしているだけだろう。……時に冷徹に断じることはあるが、裏を読んで傷つく必要はない」
「おや、メッドがフォローしてくれるなんて珍しい」
「……茶化す悪癖はあるがな」
声が潜められた深夜のやり取りらしくない軽快さに、ほんの少しだけ気が緩まる。
「……聞きたかったのは、私に何か出来ることがあるんじゃないかって思ったからです。
グラスを傾けたリュミエルさんは、ゆっくりと瞳を細めていく。
「そんなことをせずとも、ヒースは十分に君に色々なことしてもらったと思っているよ。そうでなければ、人の中で生きることを選択はしなかっただろう」
「でも。……それを言うなら私だって、たくさんヒースさんには助けてもらいました……!」
それを半端に放置して帰るなんて選択肢は、私の中にはない。
ドラゴンたちの討伐の話が出てからはじめて、私は真正面からリュミエルさんを見すえた。
「帰るにしても、残るにしても願いを持つべきだと言ったでしょう。だから教えてください、リュミエルさん。ヒースさんに今、私が出来ることはありますか?」
「…………それを俺の口から言うのは、フェアじゃないかな」
絞り出すような言葉を一蹴されて嗚咽があふれそうになる。俯こうとした顔は、けれども聞こえてきた音に再びリュミエルさんを見た。立ち上がった彼は、私へと手を差し伸べてくる。
「だからマナさん、行こうじゃないか。あいつが何を待ち、何を選ぼうとしているのか。君自身が確かめるといい」
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