この夏の日を

「皆実くん、誰と遊びに行ったのか聞かれたんだって」

「え?」

 よしのはバツの悪そうな顔をした。

「さっき忘れものを取りに図書室に行ったらね、皆実くんと女子がおったんよ。そこで聞かれたんだって。図書部の横川よこがわさんと、バスケ部の本川ほんかわさんだっけ。よっちゃん知っとる?」

「バスケ部の本川さんは部活で見たことある。皆実くん、迷惑掛けてしまってごめんなさい」

「よっちゃん、だから迷惑じゃないって。皆実くんも気にしよらんって、ねえ」

「ほんと?」

「うん。本川さんたちに聞かれた時はちょっとびっくりしたけど、ふたりと海に行って楽しかったのは本当だし、悪いことをしてるわけじゃないし、友達だったらこんなことは普通にするだろうし、うわさされても、もういいかなって思ってる」

「皆実くんがそう言うなら、わたしももう気にしないようにしようかな…」

「それがええよ。気にしたって仕方ないんよ」

「二学期になったら、みんなきっと忘れてるよ」

「そうかもね。みんな部活とか忙しいもんね」

「そうそう、もう気にせんの」

 よしのは少し晴れやかな表情になった気がした。


「そういえば、可愛川えのかわさんたちはふたごだって聞いたけど、どっちがお姉ちゃんとか妹とかあるの?」

「うん。よっちゃんがお姉ちゃんで、うちが妹よ」

「えっ、妹?」

「そうよ。知らんかったっけ? なんかおかしい? よっちゃんはしっかりもののお姉ちゃんよ」

「わたしはそんなのぜんぜん気にしてないけどね」

「ふーん…」

 ぐいぐい引っ張っていくけいが姉だとばかり思っていたので、なんだか意外だった。


「うちも前からちょっと気になっとったんじゃけど、皆実くんって、うちらのことあんまり名前を呼んでくれんよね」

「そ、そうかな…。でも名前で呼ぶのはちょっと恥ずかしいから…」

「でも名前言ってくれんと、どっちに話しかけとるんかよくわからんときもあるんよ」

「そうそう。こないだも、答えていいのかどうかわからないときが何回かあったし」

「ごめん。じゃあ、今度から名前で呼ぶようにするよ」

「今度じゃなくて今からにしんさい。ほら、うちから」

「え、じゃ、じゃあ、けい…さん」

「さんじゃなくて」

「…けい」

「え? 呼び捨て? まあいいけど。じゃ、次、よっちゃんよ」

「…よしの」

「…はい」

「よっちゃんも呼び捨てなんじゃね。でも、なんか見てるだけで恥ずかしいねえ。ま、そのうちに慣れるじゃろ」

「他の人がいる前ではさん付けだから」

「当然よ、うちだってさすがに名前を呼び捨てにされたら恥ずかしいよ、ね、よっちゃん?」

「うん、ぜったい恥ずかしい」

 よしのは名前を呼ばれる自分を想像したのか、顔を赤くして言った。


「これからちょっと寄り道していかん?」

 突然けいがこんなことを言い出した。

「寄り道?」

「けいちゃん、またあそこ行くの?」

「そう。秘密の場所」

 けいは目を輝かせるように言った。

「秘密の場所?」

「秘密でもなんでもないんだけどね…」


 着いたところは住宅街の一角にある駄菓子屋だった。

「秘密の場所ってここ?」

「そうよ。おじさん、こんにちはー!」

 けいは店の中に向かってあいさつをしながら入っていく。

 軒先にはアイスのボックスがあり、少し薄暗い店の中には、ガムやアメやチョコレートなどのお菓子、そして簡単なおもちゃや文房具などがところ狭しと並べられていた。

「うちって駄菓子屋は出入り禁止だったから、今になってすごく楽しいみたい」

 よしのが小さな声で教えてくれた。

 けいは広くはない店の中をあっちに行ったりこっちに行ったりずっと歩き回っていた。そして手にしたのは小さなメモ帳と色鉛筆。せっかくなので、僕は小さなグミがたくさん入ったお菓子を買った。

 けいは小さな紙袋に入れてもらった文房具をカバンにしまうと、満足した顔で、

「そろそろ帰らんとね」

と言い、足取り軽く歩いていく。

 僕は駄菓子屋で買ったグミの袋を開けた。

「これ食べる? えーと、け、けい…」

「うん、もらう!」

「よ、よしのは…?」

「わたしももらう。ありがと!」

 3人はグミを口にしながら、並んで歩いていく。


 バス通りに出て坂道を上り切ると、真っ青な空のキャンバスに油絵の具で描いたような入道雲が立ち昇っていた。 

「ねえ見て! すごい入道雲!」

「あ、ほんとだ! 白いなー!」

「おっきいね! こんなの今まで見たことない!」

 3人は思わず口に出していた。

 それはほんとうに大きな入道雲だった。小高い山の背後にそびえ立ち、見ているうちにもどんどん伸び上がっていき、縦だけじゃなく、横にも広がっていくようだった。

 焦げたアスファルトのにおい、アブラゼミやミンミンゼミの声を耳に、僕たちはしばらくこの光景に見とれていた。

「いつか、こんな景色を思い出すことがあるんかねえ…」

 けいがぽつりとそんなことを言った。

「きっと思い出すんじゃない? だってこんなに真っ白で、こんなに大きな入道雲だよ。それにふたりも一緒だし、わたし一生忘れられないよ」

 よしのは確信したように言った。

「皆実くんもそう思う?」

「うん。こうやって3人でいれば、いつかまたきっと思い出すんじゃない? それに、もし忘れてしまっても、他の誰かがきっと覚えてるよ。それと…」

「それと?」

「3人で、思い出せなくなるくらいいろんな景色が見られたらいいな」

「もっといろんな景色を…? そうね…見れるといいね…」

 けいはなにかを懐かしむような表情でそう言った。

 僕たちはこれからどんな景色を見ていくのだろう。今はそれがとても楽しみでもあり、また怖くもあった。

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