[番外編]いかにして罪を認める事になったのか-寧音side-(3人称)


3月某日。


蓮見はいつものようにゲームをして過ごしていると、唐突に来訪があった。


ちょうどタイミングが良かったので、そのままインターホンのカメラを見にいくと、そこ映っていたのは寧音だった。


寧音が唐突に来るのはいつもの事で、一度無視したら大変めんどくさい事になったため、それ以来蓮見は大人しく部屋にあげるようにしている。


いつもだったら何か変わった事はないかとか、ダンジョンで捕まえている峯川についてとかをわーわー言って帰っていくのだが、今日は違うようだ。



「行くわよ!準備しなさい!」


「はぁ?急に来てなんだよ。行くってどこに……」


「いつまでも隠れんぼしてるわけにいかないからあんたが起こした事に決着をつけに行くの」


「なに、自首しろって?」


「ある意味そうかもね。ま、悪いようにしないから安心しなさい。そういう約束だもの」



少なくともこの部屋にいる間はずっと安全で、蓮見はこの部屋に連れてこられてから一歩も外に出たことはなかった。世間からの目に怯えず、唐突に来る姉妹の相手をするだけで暮らしていけるなら、それほど楽なことはない。ずっとこのまま外に出ることなく過ごしたいと思っていた。


しかし蓮見は匿われている立場である。


出ろと言われたら逆らえない。


内心嫌だと思いつつも、仕方なく言われた通り外出する準備をした。


意味があるのかわからないが、帽子とマスクで軽い変装をする。


そして蓮見は数ヶ月ぶりの外にでた。



「……っまぶし」


「今日は快晴だもんね。じゃ、着いてきて」



寧音について歩いていくと、近くのコインパーキングに辿り着いた。


どうやらここからさらに車で移動するようだ。


移動中、いったいどこに連れてかれるのか聞いてみると、一言弁護士のところよ、と返答があった。



「弁護士?」


「そ。表向きには少年事件を取り扱ってる弁護士さん」


「表向きってなんだよ」


「ようは金持ちのガキがやらかした事を隠蔽するような弁護士よ。金さえ払えばなんでもやってくれるような、ね。こういうのは信頼が第一だからあんたの名前が漏れることはないわ」


「そいつと会ってどうすんの」


「正式な手続きを踏んで、あんたの代理人って事にするの。何回も言うけど、あんたのした事は許されない事よ。誘拐から始まって気絶して何も知らないうちに全てが終わってたとしても、あんたが出したドラゴンで何人もの人が死んで、怪我をして、家を失ってるんだから。あんたの事を殺したいほど憎んでる人だっている。お姉ちゃんはあまり気にしてないみたいだけどね」


「だから?」


「その罪悪感のなさはダンジョンマスターになったからなのか、あんた本来のものなのか知らないけど、表には出さないでよね。不利になるから。あんたが15歳だったら話は早かったんだけど、ドラゴンを出現させた日は16歳だったでしょ?16歳だと事件の内容的に逆送されて通常裁判所になる可能性がある。完全匿名を貫くには過失致死の範囲で収めて家庭裁判所で終わらせないといけないのよ。わかる?」


「……なんとなくは」



なんとなく、とは言ったが、蓮見は寧音の言った事をあまり理解できていなかった。


蓮見の通り表沙汰になりたくない、普通にいきたいという希望を通そうとしてくれている事だけは伝わってきたが、15歳と16歳で何が違うのかわからないし、家庭裁判所と通常裁判についてもよくわからない。



「あんま理解してないでしょ」


「わかってるよ。つまり反省したフリしとけって事だろ?」


「間違ってはいないけどそれだけじゃ足りないわ。殺意があったって認めちゃいけないし、ドラゴンがそんなに街に被害を出すと思わなかったって事にもしないといけない。他にも色々条件はあるわ。あれだけの事件、ただでさえ過失致死の範囲に収めるのも難しいのに、過失致死に収められたとしても少年院行きになったら少なくとも1年は出てこれないでしょうね。そうなったら意味ないもの。目指してるのは保護観察処分よ」


「保護観察処分だとどうなるの?」


「保護司に月一回程度面談して、まぁボランティアとかにも参加する事にはなるのかしら。どんなに期間が長くても二十歳になったら保護観察期間が終わるから数年の我慢ね。まぁ保護観察期間中、あんたが一切の問題を起こさなかったらの話だけど。少しでも問題を起こしたら少年院へ。裁判のやり直しになる可能性だってあるんだから」



要するに、どんなにうまくいって保護観察処分になったとしても、数年は多少の不自由が出るし、何かあれば少年院に送られる。うまくいかなかったら蓮見の名前が表に出る可能性があるという事だ。


蓮見が望んでいるのは自由な生活である。


部屋から1歩もでない生活は自由と言えないが、出れない事以外は不自由を感じた事はなかったし、自分の名前が表にでる可能性が少しでもあるなら、わざわざ罪を精算しようとは思えない。



「うわぁ。めんどくさそう。オレずっとあの部屋に引きこもってるだけで良かったんだけど」


「上手く事を運ぶには今が最大のチャンスなのよ。最近、政治家が逮捕された事くらいは知ってるわよね?」


「まぁ、ネットニュースで見たし」


「それで最近は国を叩く流れができてる。その流れに則って、あんたのしでかした事も元凶は国だったって事にするのよ。実際、間違ってはいないしね。それでドラゴンによる被害は本来全部あんたのせいだけど、出現したのは国のせいなんだからって事で被害の責任を国に押し付けるの。そうでもしなきゃ事件の規模的に保護観察処分で収めるのは無理よ。だから今しかないの」


「ふぅん。無理矢理保護観察処分を狙うくらいなら逃げ続ける方がマシじゃん」


「別に私達も一生隠れ家を提供できるって訳じゃないもの。ダンジョン探索中に死ぬ可能性は普通にあるし、探索以外でも病気とか、事故とかで急に死んじゃうかもしれない。私達のサポート無しで生きていける?死ぬまで国や警察に追われ続ける覚悟はある?」


「それは……ないけど」


「だから出来る時に罪の精算しなきゃいけないのよ」


「なら、あいつらのことも?」


「ダンジョンに無理矢理連れ込んだ人達の事ね。問われていない罪を進んで言う必要は無いわ。改めて調べ直してもあんたがやったって証拠が出てこない事は確認済みだもの。この国の司法は疑わしきは罰せず。証拠もないのに罪は問えないわ」


「峯川さんはずっとダンジョンの外に出さない方が良さそうだな」



今の寧音の発言からすると、そう言う事になる。


峯川は蓮見に誘拐されたと認知しているから、下手にダンジョンの外に出せばまた新たな問題が発生してしまう。


だからと言って寧音は、高校生の女の子を見殺しになんてできない。



「……それとこれとは話は別よ。また後で話しましょう」


「話したところで決着なんてつかないだろ」



寧音もその自覚があるのか、それきり口を開く事はなかった。


しばらく車は都内の街中を走った後、ビルの地下駐車場に入っていって、そこで止まった。


エレベーターで上に上がり、13階で降りると、寧音は迷う事なく一室の扉を開ける。


そこにはメガネをかけてスーツを着たおじさんがいた。ニコニコとしていて優しそうに見えたが、蓮見が中学生の頃の担任の先生みたいな雰囲気が感じられ、あまり信用できそうではなかった。



「初めまして。私は背戸優生せとゆうき。よろしくね」


「……よろしくくらい言ったら?」


「別に、オレが望んだ事じゃないし」


「だとしてもこれから世話になる人よ」


「まぁ、まぁ。私は気にしません。とりあえずお二人とも座ってください」



どれだけ蓮見が無愛想な態度を取ろうとも、背戸という弁護士は終始柔和な態度を崩さなかった。


蓮見は、こういうところが金持ち連中に好かれるのだろうかと考えながらも、一応聞かれた事には答えるようにした。寧音からの視線がウザかったからだ。


買い物から帰ってきたら家の前に待ち構えられていた事や無理矢理車に連れ込まれて、相手が望む回答を言うまで帰してくれる雰囲気じゃなかった事など、その日あった事を順序立てて説明し、その時のどう思っていたかまで話した。


そして背戸は本来ならどういう罪に問われ、どういう刑が降るのか。どうすれば罪が軽くなるのかを蓮見にもわかるよう噛み砕いて丁寧に説明した。


何故かどうして両親が居ないのかは聞かれなかった。


最後に蓮見は委任契約書という書類を渡された。

寧音は正式な保護者じゃないから蓮見本人がサインしないといけないらしい。


それが終わったら地下駐車場に戻って、車でマンションに帰る。



「今後、警察の人とか、裁判所の人とか色んな人に会って話す機会が増えると思うわ。今日背戸さんから言われた事忘れないでね」


「わかってるよ。そうするしかないんだろ」


「……罪を軽くする手伝いなんて、本当はしたくないんだけどね」


「じゃあしなきゃいいじゃん」


「仕方ないでしょ。捕まらずにあんたが自由に暮らせた方がお姉ちゃんにとって都合がいいんだから。じゃ、あたしはこれで帰るから」



蓮見が見送りの言葉を言う事なく寧音は颯爽と去っていった。


いつもこうである。唐突に来て、用が終わったらすぐ帰る。

唐突に来られるのは迷惑だが、あまり干渉されるのが好きではない蓮見にはちょうど良い態度だった。











蓮見の部屋から帰った寧音は車で自宅に向かいながら今日の蓮見の反応を振り返る。


最初は嫌そうにしていて、最後まで嫌そうだったが、反抗する気はないようだった。


そして、罪は裁くが保護観察処分を目指すという流れになんの疑問も抱いていないようだった。


この国の司法は“疑わしきは罰せず”だ。確実に証拠のないものは基本的に無罪になる。


状況的に蓮見が府中ダンジョンのマスターで、ドラゴンを出したのは蓮見だと考えられていても、証拠はない。きっかけとなった誘拐犯は全員死んでるし、ドラゴンが街を荒らしたから蓮見が現場にいた証拠は全て無くなっている。ドラゴンを出せるという事実があっても、ドラゴンを出したなんて証明のしようもないのだ。


自分から言い出さなきゃ逃げ切れる状況である。


しかし寧音は悪い事を悪い事だと認識せず、何の償いもせずのうのうと生きるなんて良くないと思ったのだ。このままだと今後また自分に都合が悪い事が起こったら、また罪を犯して、揉み消そうとする。きっとその時、姉である奈那も加担するだろう。


寧音はそれが嫌だった。


だからこうして弁護士を立てて、自首という形で罪を公にし、司法に裁かせようとしている。


ただ、それで捕まるのは奈那の希望を無視する事になる。だから保護観察処分なんていうギリギリを狙っているのだ。


それには今がちょうどよく、望む結果になるように全て整えた。


弁護士はもちろん、今後関わってくる検察や裁判所の人間、保護司になる人物だって寧音が裏から手を回した人物になる予定である。


多少危ないシーンも出てくるだろうがそれも全て予定調和で、蓮見に罪の重さを理解してもらうためのものだ。

蓮見がよっぽど悪い態度を取らない限りは、もうすでに保護観察処分になる事は決まっている。


つまり、これから始まるのは罪を裁くための裁判などではなく、全部寧音が仕組んだ茶番という事だ。


事がうまく運ぶ事を願って、寧音は帰路に着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る