85話 ダンジョン研究者の妹、弥竹寧音の場合(3人称)

姉のおまけ。

天才の姉に、出来損ないの妹。

母親の腹の中で才能をすべて取られた子。

姉と違って愛想だけしか取り柄がない。

姉妹のハズレの方。


すべて寧音が実際に言われたことのある言葉である。


弥竹家は東北のとある地域で古くからある地元ではそこそこ有名な地主の家で、一族から後継になれる男児を求められていた。しかし、実際に生まれたのは2人の姉妹。女の子の次はと期待も大きかった分、妹の寧音は家族やその親戚からのあたりが強かった。


テストでは満点しかとったことがない姉と違って、寧音は80点〜90点が平均点。運動だって、姉の方は基本的になんでもできたが、寧音は苦手だった。


せめて勉強か運動どちらかの才能があったなら、と願ったことは何度でもある。


常に姉と比較されてきた寧音が姉である奈那を嫌わなかった……むしろ大好きなのは、奈那だけは寧音を守ってくれたからだ。


寧音がテストの点が悪かったからとご飯を抜かれたら、奈那が家族の料理をぶちまけ全員食べられなくし、寧音が親からどうしようもない暴言を吐かれれば、奈那が両親に罵倒を浴びせた。


目には目を、歯には歯をというやり方じゃうまくいかないと気づいた奈那はやり方を変えた。奈那は無愛想で少々傲慢な口調をしており、たまに周囲を馬鹿にする事があるが、それは可愛げのない子として寧音より家族から嫌われようとした結果だ。逆に寧音はその頃、家族から愛されようと必死になって笑顔を保っていた。


寧音が中学生になる頃には奈那のおかげで家族からの態度は多少はマシになった。でも根付いていている意識は変わらない。


これはもうどうしようもないと判断した奈那は家族を見捨てることにした。


無駄に親戚が多いだけあって、通常より多く貰っていたお年玉を元手に、高校生のうちにAI関係の会社を作り、得た利益は全部株に突っ込んで、さらに資金を作って姉妹2人で家を出た。奈那が18歳、寧音が15歳の時の話だ。


寧音は奈那のおかげで高校に通えたし、奈那のおかげで服飾系の専門学校に通えた。そして寧音が専門学校を卒業すると同時に奈那は数年で急成長していた会社を莫大なお金で売った。


卒業後、寧音はネットでファッションブランドを立ち上げた。その資金は当然のように奈那が出してくれ、おかげで無名の新生ブランドにしてはそこそこ稼げるようになっている。


一方で奈那の方はやりたい事が特にないから、数年世界各国に旅行をして、満足したら行っていなかった大学に通おうかなと考えていた。


2032年の1月1日。


千葉の松戸にある寧音の家に年末から遊びに来ていた奈那を誘って、寧音は初詣に出掛けていた。


神社までの道を歩いていると、突如頭の中に声が流れてきた。思わず立ち止まって、その声を聞く。


ダンジョンだとか、ステータスだとか意味のわからない事を言っている。


今のはなんだったのかと奈那に声をかけようと横を向いたら、奈那は呆然とした顔で一点を見つめていた。



「お姉ちゃん?」


「寧音、今の見たか?」


「ごめん、なんのことかわかんない」



奈那の話によると、すぐそこにある駐車場に謎の建造物が淡く光りながら突如現れたらしい。


言われた駐車場を見てみると確かにそこには日本らしくない建物があった。特に意識してなかったので、寧音にはその建物がいつからあったのかわからない。



「建造物の出現によって車が2台消えたが、一体どうなったんだろうな?」


「あの建物の中にあるとか?」


「ではあの中を少し覗いてみよう」



危ないと引き止めたが奈那は何かに取り憑かれたように止まらない。仕方なく寧音は一緒にその建物に入った。



『ダンジョンへの侵攻を開始します。


称号:邂逅を獲得。

称号:初めての侵攻者を獲得。


獲得特典としてステータスポイントが付与されます。

詳しくはステータスをご確認ください』



先ほど聞いた声と同じ声が流れてくる。



「なるほど。我々の常識では測り得ない事が起こったのだな」


「やっぱり戻ろうよ。先に進むにしても、もっと準備してからにしよ?ほら、ステータスがどうのこうのって声が言ってたし」


「ふむ。確かに今もらったステータスポイントの存在は気になるな。寧音はもうステータスと唱えたか?」


「ううん、まだ。一旦家に帰ってゆっくり見ない?」


「そうだな……先を見たい気持ちもあるが今回は一度帰ろう」



その日から、奈那はダンジョンに夢中になった。


日本ではダンジョンへの侵入がまだ禁止だったから、外国人のダンジョン攻略が許されている国に行こうとしたくらいだ。それは寧音が必死になって止めた。


自衛隊が撤退するような危険な場所には行ってほしくない。


けれど、ずっと引き止めるのが無理な事はわかっている。また、寧音がやりたい事は好きなようにやらせてくれたのに自分が奈那の行動を縛るのは嫌だった。


だから寧音はダンジョンに入る時はなるべく自分も連れて行く事を約束した。


日本のダンジョンはしばらく侵入禁止だったので、海外のダンジョンに行き、日本のが開放されたら、全国各地のダンジョンに行った。1層ごとに隅々まで調べ尽くして、進んで、調べて、調べて……どんだけ探索しても、ダンジョンについて得られる情報は少ない。


事態が変わったのは、ダンジョンマスターを名乗る奴らが出てきてからだ。


奈那はダンジョンマスターに接触して協力を得おうとした。


それは寧音との約束には反していないが、どんな奴かもわかっていない相手と話をするなんて危ないに決まっている。


しかも奈那はダンジョンの事になると夢中になって相手の話を聞かない事があるので、相手を説得するのに向いていない。


だから寧音は奈那が動き出す前に自分が先にダンジョンマスターと接触して、奈那との協力者になれる人物を探す事にした。


まず狙ったのはフルネームがわかっていて、動画を見た感じチョロそうだった品谷瑛士だ。


駅前でぶつかったのは偶然である。無の空間から突然瓶が出てきた時は心底驚いたが、なんとか無理矢理1日買い物に付き合わせる事に成功した。けれど買い物中、品谷からダンジョンの話はちっとも出てこなかった。


結果として町田のダンジョンマスターが釣れた。ダンジョンで会う時には一緒に行きたかったが奈那から警戒させてしまうから来ないでくれとハッキリ言われたら、その場にはいけない。


仕方がないので寧音は町田ダンジョン近くのカフェで待機していた。待っている間はものすごく心配だったし、何事もなく戻ってきた時はものすごく安心した。


寧音は基本的には奈那の邪魔をしない。なるべくやりたい事を協力しようとしている。


どこそこのダンジョンに行きたいと言われればどんな場所でも仕事を休んで一緒に行ったし、ダンジョン研究に集中できるよう環境を整えて、奈那ために探索に適した服を開発して作った。


姉のためならどんなことでもやる。

そんな覚悟があった。


でも、やっぱり、流石にこれはどうなのかと寧音は思った。



「ここ、あんたの部屋。これ鍵ね。生活費は月に20万振り込むから。あんまり無駄遣いしないでよ。大きい出費は相談してくれたらこっちが出すから」


「わかった」


「で、これがあんた用のスマホ。とりあえず私とお姉ちゃんの連絡先だけ入ってる。追加したい人がいたら勝手に追加していいわ。そのうちお姉ちゃんから色々協力頼まれるだろうから、なるべく手伝ってあげて。どうしても無理な場合は理由を言えば引くと思う。私からは以上。何か質問は?」


「別に」


「そう。なら私はもう帰るわ。インターホン鳴っても出なくていいから。質問思いついたらお姉ちゃんじゃなくて私にまず連絡してね。それじゃ」



広島の府中で保護……というか捕まえた少年、蓮見朝陽は現在、寧音が預かっている。


行き先のない蓮見は寧音にとって都合の良い協力者だ。しかし、蓮見はドラゴンを街中で出したヤバいダンジョンマスターである。しかも同級生3人を捕まえ、父親を捕まえ、正体がバレそうになったからと女子高生1人も捕まえている。


蓮見の境遇は同情できるものはあるが、危険人物であることには変わりない。意図的に人をダンジョンに連れ込み何人かは殺してるのだから犯罪者と言っていい存在だ。


そんなのを匿うだなんて本当にどうなのかと考えていた。


けれど奈那から任されたのだから、なんとかするしかない。


寧音はなんでこんな奴のためにと思いながらも追手が来ないように工作をし始めた。


まずは相手が嫌がることを探るところからだ。

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