異世界召喚した俺は悪魔な女と契約を交わすのか。
渡貫とゐち
前編
咄嗟だった。
駅のホームから身投げしようとしている女子中学生を見つけ、俺は気付けば、前傾姿勢になっている彼女の腕を掴んでいた。
ぐっと引く。
走って駆け付けたせいで(だがそのおかげとも言える)、少女の体が後ろへ倒れると同時、俺の体が前へ倒れてしまう。
……田舎のホームは都会のように落ちないようにするためのホームドアがあるわけではない。だから俺の体は簡単にホームの下へ。
悲鳴が聞こえた。
少女のものではない。きっとタイミング悪く、一部始終を見てしまった、後ろにいた女性だろう……、悪いことをした。そこまで配慮ができていなかったのは俺のミスである。
女性にトラウマを植え付けてしまったのは、反省しないといけないな。
身投げしようとしていた少女は、落下のタイミングを電車の通過に合わせていた。
つまり、彼女と入れ替わって落ちた俺を、ちょうど轢くことができるのだ――
目が合った。
運転士は俺に気づいたが、どうしたって止められない。
急ブレーキをかけたところで俺を救うことはできないだろう。
一瞬の出来事だ。
俺も、恐怖や痛みを感じる間もなく、意識が電源を切ったようにぶちっと切れた。
当然ながら、その後の俺がどうなったのかは、俺が知るわけもない。
―― ――
「――おーい、聞こえてんのか? ぼーっとして、こりゃハズレか?」
目を開けると、そこは駅のホームではなかった。
結婚式場にも見えるが……、目の前の女性の見た目は、結婚式には絶対にそぐわない『鎧の姿』だった。
全身を包むのではなく、関節や急所などを守るような、できるだけ重さを排除した鎧に見える……、結婚式場で鎧姿の女性を見るのは初めてだ。
当たり前か……そんな機会が過去にあってたまるか。
「……ここは、」
「どこだっていいだろ。ちょっと『目』を見せてくれるか?」
額を付き合わせるような形で、女性が急接近してくる。
距離感が近いが、目の前の女性に照れはない。慣れている様子だった……、俺が少しでも唇を突き出せば、軽々とキスができてしまう距離である。
「あーあー、なるほどなあ……そういう『
女性が顔を離した。
真っ赤で、胸まで伸びた髪の毛を手の甲で後ろへ払う。
耳にはピアス、鎖骨あたりに刺青が見え、ただの女性ではないことは確かだった。
鎧を着ている時点で普通ではないはずだけどな……――それにしても、綺麗な赤髪だ。
染めたとかではなく、元から持っている彼女の地毛としか思えない。
それほど鮮やかで、染めのムラもない。染めていないのだとしたら、当然のことか。
「あの、お姉さんは、」
「うん、よく分かった――分かったから、オマエ、いらね」
吸ってもいない『たばこ』を、ぽいっと投げる仕草をした。
その一つの行動で完全に俺への興味を無くしたようで、赤髪の女性は踵を返して結婚式場(――に見えるけど実際、ここがどこなのかは分からない)の出口へ向かう。
「ちょっ、――待ってくれ! 俺は、さっき死んだはずなんだよッ、電車に轢かれて……なのにどうして俺はここにいる!?
いや、死んでないならいいんだよ、あれが夢だったのならそっちの方がいいに決まってる――じゃあ、今のこの状況はなんだ!?
俺が夢から覚めたんだとしたら、俺はいつから夢を見ていたんだ!? この俺、
「知らねえよ。うるせえ、ディアモンのくせに。
オマエはディアモン、名前なんかねえよ――
アタシはアンタを『使わない』。さっさと目の前から消えてくれるか?」
振り向いた女性の目は本気だった。
手元に剣でもあれば、斬りかかっていただろうくらいには、苛立っている。
それでも俺は食い下がる。
……こっちも死活問題だ。わけの分からない状況に放置されれば、どの道、良い方向へは転がらないだろう。
……夢かもしれないが、それでも一度は消えた命だ、これから打つ悪手で命が無くなったとしても、損得で言えばイーブンな気がする……、ここで萎縮して呆然とする方が、明らかな損だ。
「それは無理だ」
「そうか、分かった殺そう。野良になったディアモンに恨みを持たれて、年がら年中、命を狙われても鬱陶しいだけだ。ここで息の根を止めておこう」
「まって、『クク』」
と、背後から声が聞こえた。
赤い女性の印象が強過ぎたせいで、俺の視線は全て彼女に引き寄せられていた……、もっと視野を広げれば、斜め後ろに二人の少女がいたことにも気付けたはずなのに……。
「殺すのは、なし」
「元・アタシのディアモンだが? 生かすも殺すもアタシの勝手だろ? 今更、人道的じゃないって理由で止めるオマエでもねえだろ」
「うん。だからそういう理由じゃなくて……わたしが興味を持ったの」
水色の髪が揺れた。
抑揚のない口調、静かな声、動かない表情……
分かりやすく俺とは正反対な性格の少女だが、自分の意見をはっきりと言えるところは、人前に立つか、人の上に立てるタイプだろう。
水色の少女が俺の体を無遠慮に触り出す。
まるで筋肉の硬さを確かめるように……。
服の内側で、白い指が肌を撫でる。
「なあ、ちょっと、くすぐったいんだけど……」
「がまんして」
一応、鍛えてはいたから触られても恥ずかしくはないが……。
こんなことならもっとちゃんとしたメニューをこなしておけばよかったな……。
じっくり探った水色の少女が、「うん」と頷いた。
「この子、わたしがもらってもいい?」
「コイツのどこを気に入ったの? 能力値と一緒で、見た目も強そうに見えないし……『能力』だってまだ分かっていないんでしょ?」
横から顔を出してきたのは、桃色の髪をした少女だ。
『クク』、と呼ばれていた赤髪の女性は、俺より年上に見えるが、脇の二人は同い年か、年下に見える……、まだ顔立ちが幼く見えたのだ。
特に、桃色の少女は、より童顔に見えている。
「分かってないから、育ててみるんだよ」
「はー、わっかんないなあ。ディアモンが持つ才能は数値で見えるし、いくら強い『能力』を持っていたところで、数値が低ければどうせ後々、パーティメンバーから外すのに。
弱いディアモンで戦って勝つことに楽しみを見出しているわけでもないじゃん」
「数値が高くて、強い能力を持ってるディアモンを探して、見つけたら、すぐに仲間に引き入れる……――最強のチームを作りたい二人の気持ちも分かるよ?
でもさ、結局、強さを求めたパーティは同じような戦術になるものだよ――それってつまらないと思わない?」
『思わない』
二人の声が揃った。
そこは譲れない部分らしい。
「負けることが一番、つまらないからな……まずはそこを避ける。
戦術は二の次だ。勝ちが確定している勝負なら戦術で遊んでやってもいいが……」
「ククはそれでピンチになったりするじゃん」
「アタシには向いてない戦い方なんだよ。だから数値と才能でごり押しする。『ネネ』みたいな戦術で勝ちを拾うようなやり方は性に合わない」
「わたしはククのやり方は性に合わない……人それぞれだから、強制はしないけど」
「数値と才能を持った元から最強が確定しているディアモンか、それとも弱いディアモンで工夫と発想の戦術で勝利を掴むタイプか……――意見が割れるよねえ」
…続
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