南谷武蔵 ショートショート集

南谷武蔵

剣豪と盗賊

 ある夏の日、腕自慢の剣豪が歩いていた。


 夜中のことである。ジメジメとした暑さなどどこ吹く風で、剣豪は涼しげに道を通っている。道の片隅の地蔵さまが笑っているのが不気味だが、剣豪は気にしない。


「世の中の連中はなんとも臆病だ。夜なら人はいない。獣と出会えば剣で切れる。盗賊と出会っても剣を持っていればうかつには戦えない。出歩くには絶好の時間だというのに、なんとも臆病だ」


 剣豪はヘラヘラと笑いながら言った。


「そうだとも、今日はなんだか身体が軽い。悪党と出会っても負ける気がしない」


 そんなことを思っていると、目の前にどこかで見覚えのある男が立っていた。かつて斬り合った盗賊の頭だった。


「おお、お前は昔戦った盗賊ではないか。こんなところで何をしている」


「何をしているとは変なことを言う。俺はお前に復讐をしに来たのだ」


 盗賊が言うと、剣豪は唾を吹き出した。


「復讐とは片腹痛い。ではなぜお前は剣の一つも持っていない。そんな丸腰で俺に勝とうとは百年早いわ」


 すると盗賊は不気味な笑みを浮かべて言った。


「剣を使わずとも出来る復讐を思いついたのだ。それは俺が丸腰だからこそ出来る復讐だ。それはお前に斬られることだ。今から俺を斬ってみろ」


 剣豪は復讐の種を明かす盗賊のことを馬鹿にしている。無論口には出さない。しかし己が嘲笑している自覚はある。


「では、遠慮なく斬らせてもらう。ここでお前を斬ればお前は死ぬ。つまりお前が俺に襲ってくるたぐいの復讐を、未然に防げるのだ」


 剣豪は種明かしを返しながら、盗賊が己の言葉の道理に気づいて狼狽えるのを伺った。しかし盗賊は狼狽えるどころかむしろそれでいいといった風で屹立している。さすがに剣豪は不気味に思った。


「ええい、不気味なやつだ。それ!」


 剣豪は刀を振りかざし、盗賊を白刃の元に斬り捨てようとする。


 斬った――剣豪は確かに認識していた。しかしどうにもおかしい。剣を握る腕先に、相手を斬った感覚がないのだ。前を向くと、盗賊が不敵に笑っていて、剣豪に正対している。


 二振り、三振り……剣豪は何度も斬っていく。だが、剣は盗賊の身体を通過するばかりで一向に斬れていない。そもそも、自分の身体があまりにも軽すぎることも妙だった。


 剣豪はあっと声を上げた。盗賊は抑揚のない声で言った。


「百年前、ここで俺とお前は刺し違えたのだ。だがお前は自分が死んだことに気づいていないので、俺は閻魔さまに頼んでお前をあの世に連れて行くことにしたのだ。平等に裁きを受けるぞ、ほら、早く」


 盗賊がそう言うと、剣豪は自分の身体が軽くなるのを感じた。


 道脇の地蔵さまの微笑が、憎たらしく感じるのだった。

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