7
彼は押し付けられた婚約届と契約書を手にする。
「……これは、まるで
言われて
「破ろうとしても、予備は何十枚か用意してますからね。逃がしませんよ?」
逃げる先もなく、山の中にある祠の前で捕まえられた。彼女は
追い詰められたのだと理解し、彼は仕方なさそうに話す。
「……なぎちゃん。君はどうやってここまできたんだい?
弔いに集中していたとはいえ、
「術に術を重ねて、この世界の風景に溶け込むほどにしました。その分、術の維持は出来ないので、時間との勝負でした。早めに頑張ってここまで登りました」
リュックにファイルを仕舞いながら答えた。しまいながら、片手にしている手袋を外し、仕舞う。やっていることはほぼ脳筋、単純作業である。話を聞きていた
リュックを手にしながら、彼女は彼の一番弟子の名前を口にする。
「全部、
「……
まさかの人物が出るとは思わなかったらしい。
「俺の願いを聞いてくれてありがとう。けど、子孫の願いを聞かないなら許さない。と先生に伝えてほしいと」
リュックを背負いながら話をした途端、
「そうか、君が思い出したのも
顔から手を放し、空を見上げた。
だが、わかることはあるだろう。
「
聞くと、
「難しいかな。
立場や存在、してきた経緯を含めて言っているのだろう。
自分を許すのは、人によって簡単ではない。ましてや手を汚し、自身を罪人と自覚しているならば余計に難しい。
わかっているからこそ、
「じゃあ、こうしましょう。私が生きている間、先生は自分を少しだけ許します。そして、私が死んだら、先生は自分を許さなくていい」
「……それは、どういうことだい?」
「この先、私からのトラウマと私との思い出を貴方の中に刻みつけます。私からの傷と思い出、私が死んだ後でも永遠の支えにしてください。
私からの幸せと痛みの傷で苦しんで、ずっと私を忘れないで」
呪いのようで、彼に向ける愛の言葉だ。酷い事を言っている自覚はある。だが、彼女は考えられるだけの方法を選んだ。
言われた当人は熱を発するほどに顔を赤くしており、目を丸くしていた。言葉にならない言葉を漏らす。しどろもどろになりながら口を押さえた。眉を八の字にしながら、数分経つと口から手から外す。
「……嬉しいの、むず痒いの、ドキドキするので大変だ。惚れるって、こういう事をいうのかな」
熱くなった顔を手で扇ぎ、
「顔が熱い……。まったく、そんな殺し文句をどこで思い浮かんできたんだい?」
どこでと言われ、彼女は恨めしく
「幼稚園の頃と再会の思い出をくれて、数ヶ月前に傷をくれた目前の人のお陰で思いつきました」
「か……
身に覚えがありすぎる故に、引きつった笑みを浮かべる。因果応報、自業自得。それが帰ってきた形でもあり、
涙目で
「一つ。五条目について。
「
胸の上、いや彼の心臓の上を人差し指で示して、顔を合わせる。
「双方、傷つけ合って支え合い、尊重しあって妥協する。分かり合いながら乗り越える。これも夫婦の形の一つであると思って、私が持ちかけた契約ですよ」
思った以上の答えが出たらしく、彼は言葉を失う。前髪を掻き上げて降参したように笑ってみせた。
「……参ったな。なぎちゃん。強くなりすぎだよ」
「責任感が強いだけです」
「それだけじゃないと……いや……
情けなくなったのか笑って、複雑そうに目をそらしてつけられた指輪を見る。つけられた時点で責任を取るしかない。かつての一番の教え子に言われては、下手な手出しはできない。
話し合うしかなく、彼は
「ごめん。君に嫌な思いをさせて」
彼女の頬に手を添えて優しく撫でる。
「それに、ここまでしてくれて、
少し頬を赤らめながら
「先生。小さい頃に私を守ってくれて。今でも、私を守ろうとしてくれてありがとうございます。
……でもね」
心臓の上の人差し指の腹は、
「これからまた契約して夫婦になるんです。私のことはちゃん付けじゃなくて、呼び捨てでお願いします。私も先生呼びは頑張ってやめます。
月下美人を思わせる華やかな笑顔だ。その笑顔の彼女から呼ばれ、
「なぎさ……──」
彼女を呼び捨てにした途端に、彼は多くの汗を流す。間を起きつつ、彼は顔を茹でダコのように赤くしていく。
「ちゃん」
「……ええ」
「ごめん、なぎちゃん。今すぐは無理! 普段なら羞恥プレイで興奮するんだろうけど、なんかドキドキと別の気持ちの方が勝って……苦しいの、恥ずかしいのなんのでなんか、訳が分からないから、呼び捨て、は……練習して、させてからにしてください……」
言葉を途切れさせながら話し、彼女は小首を傾げた。
「自分の家族と
一番弟子と親類は呼び捨てで呼んでいた記憶を見た。千年以上も生きてきて、女性を呼び捨てに慣れてないことに驚きだ。
「……家族は家族で呼べる。仕事は仕事で割り切れる。
照れて弱々しい彼を見るのは初めてだ。
「君から
「わかりました。先……
「……う、うん」
むず痒そうに笑って彼は返事をした。
「なぎちゃん。これから下山するのかい?」
「ええ、はい。もう、目的は果たしてので。
「待った。トレッキングポールを抱えて。代わりに、身を隠すお面をしてほしい」
「何故ですか?」
聞くと彼は変化していた。手には龍を模した木造の面がある。
「
一緒にこの土地を見下ろしながら行こう」
空いている手を、
「おいで」
優しく朗らかに笑う。異形の姿に近付いて別人に見えても、
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