3

 外傷はない。怪我はない。意識を失っていると分かっている。だが、宗寛そうかんは動揺を隠せなかった。嫌な汗が流れて、彼は震えている。


「なぎ、さ……ちゃん」


 会う気もなく、会うことも避けてきた。

 記憶や存在を消し、認識も阻害していたと思った。そのはずが彼女が自分から駆け寄り死にかけた。咄嗟に助けて怪我なく無事で済んだが、気を失ったようだ。彼女は力なく項垂れており、彼はすぐに救急車を呼ぼうとした。だが、宗寛そうかんの手が動かない。普段の彼ならば携帯を出して救急車を呼ぶ。宗寛そうかんの手はなぎさを強く抱きかかえており、体が小刻みに震えている。


「……っすみません。誰か! 誰かっ、助けてくれませんか……!」


 宗寛そうかんが周囲に必死に声を呼びかけた。呼びかけに応じ、近所の人が呼んでくれたようだ。なんとか安静の体勢で寝かせ、彼女の手を握る。

 遠くから救急車とパトカーのサイレンとの音が聞こえた。救急隊員に状態を確認され、宗寛そうかんなぎさの状態と情況を簡素を伝える。

 彼女と知人である旨を伝えて、なぎさの家族の住所と電話番号を教えた。

 もう大丈夫だと救急隊員の声掛けで、体の力が抜けた気がした。なぎさ宗寛そうかんの手から離れ、担架に乗せられる。救急車で運ばれるのを見送ると、彼は立ち上がった。

 その後、警察からの事情聴取に求められた。宗寛そうかんは素直に応じて、事細かに状況を話す。

 話し終えると、警察官が心配そうに聞いてきた。


「あの、大丈夫ですか? 相当顔色が悪いですよ」


 指摘を受けて、宗寛そうかんは我に返る。

 他人に指摘されるほどに、感情が表に出ていたことに驚く。すぐに切り消えて、彼は微笑みを作る。


「……えっ、あっ……はい、大丈夫です。すみません」

「にしても、彼女を助けて怪我なしとは……運が良かったとしか言えませんよ。人を助けたのは凄いですが、あまり無茶しないようにしてくださいね」

「はい、気をつけます。ご苦労さまでした」


 警察官に褒められ、宗寛そうかんは苦笑を浮かべながら頭を下げた。事情聴取も終えて、警官が去る。

 野次馬に声をかけられる前に去ろうと考えるが、声をかけられる。


「あの」


 顔を向けると、二人の低学年の小学生がいた。墓参りの香花と荷物を宗寛そうかんに差し出してくれている。


「これ、おにいさんのですよね?」


 黄色い帽子を被りランドセルを背負いながら、背伸びをして渡そうとしている。弟妹たちの姿が一瞬だけ過ぎりるものの、すぐに我に返る。


「っ……ああ、そうだよ!」


 宗寛そうかんは膝をついて目線を合わせる。小学生達は背伸びを辞めた。彼は荷物を受け取って怖がらないよう、優しい声色で話す。


「ありがとう。僕のものだ。わざわざ持ってきてくれたのかい? 偉いね」

「えへへ」

「ありがとう!」


 優しく褒めると二人は嬉しそうだが、彼は注意を交えた。


「拾ってくれて嬉しいよ。でも、次、落し物を拾うときは交番に届けるか。怪しいものは一一〇番してね。落とし物を届けるのは偉いけど、その落とし物の持ち主が良い人とは限らない。僕と約束してほしい」

「はーい!」

「わかりました!」


 それぞれの返事を受け取って、宗寛そうかんは手を振る。


「元気でよし、じゃあね!」

「はーい! さようなら!」

「じゃーね!」


 小学生の二人も手を振って、走って去っていく。宗寛そうかんはしゃがみながら見送ったあと、すぐに立ち上がってその場を去った。

 心配で声をかけようとした人物もいるだろう。歩く速さと雰囲気から拒む物を見せて、彼はゆく。

 人の場から離れた後、彼の歩く足取りに覇気がなくなった。

 墓地とは違う方向におり、手にしている荷物を彼の力で消す。

 宗寛そうかんはこの地域が寂れるまで、教え子の墓参りはしたい。彼にとって贖罪をし終えるまで、死ぬわけには行かない。


「今日のお墓参り、行けないか」


 怪しまれないようゆっくりと人気のない場所まで来た。

 深く息を吐いた。

 宗寛そうかんは近くの電柱に拳をぶつける。コンクリートの電柱はわずかに揺れた。その拳に額を当てて、彼は奥歯を噛みしめる。

 なぎさが自分を追い求めて走ってきて、車に危うく轢かれそうになった。自分のしでかしたことで、彼女が死にそうになったのだ。

 本人がいない前で謝罪を口にしても彼は意味ないと知っている。吐き出す言葉は自責が相応しかった。


「この街にいなければよかったか」


 胸の上を強く掴み、痛そうに表情を歪める。


「大馬鹿か……下名かめいは……」


 同じ気持ちを親しい人に何度かさせている。苦しげに吐き出し、宗寛そうかんは自嘲した。


「……ははっ、わかっているのになぁ。……下名かめいは真な昧者あいしゃだ」


 人は人を傷付けて生きる。わかっているからこそ、彼は自身を謙る。

 性善説と性悪説。あるならば、宗寛そうかんは間違った意味や正しい意味でも性悪説を取るだろう。性悪説に自身も含まれるからだ。それでも、少しでも良くあろうとしている人がいる。そんな彼らを宗寛そうかんは少しでも助けたい。夜凪やなぎやかつての教え子達、蒼雷そうらい風菜ふうななぎさを教え導き、天寿を全うしてほしかった。その為にも、自分を足蹴にしても構わないほどに。

 彼は電柱から離れて、空を見上げる。


「本当、タイミングが悪かったな」


 なぎさが自分を求めるように駆け寄るとは思わなかった。

 夢の中で告げられた言葉を思い出す。彼にとって威力が強かったようだ。頬を赤く染め困った顔をしつつ、宗寛そうかんは苦笑いをした。


「優良物件は他にもいるのにな。でも、なぎちゃん。強くなったよ」


 子供の頃は、大人しく手のかからない子ではあった。だが、大きくなると、宗寛そうかんの手をある意味煩わせ、揺さぶるほどに強い意志を持ち始めている。

 大きくなる過程で、彼女は真面目に育ち、家を継ぐという責任感を強く持ったのだろう。しっかりとして気が強く。彼女の性格を振り返っていると、彼はなんとも言えない笑みを浮かべる。


「……その前に、彼女について来れそうな男の人いるかな?」


 彼女の伴侶はどんな人になるのか、想像できなかった。

 なぎさの無事を確かめようと、彼は運ばれた病院に向かう。彼女の気配を追いながら、宗寛そうかんは道を歩いていくが、彼女の気配が少し違うことに気付く。

 不思議に思うが、彼女の運ばれた病院が近付くに連れてその気配の違いがはっきりと感じ取れた。

 とても懐かしい気配のような気がし、彼は病院に近付いていく。蒼雷そうらい風菜ふうなが慌ててやってくるのが見えた。

 物陰に隠れた。かつての教え子でもある蒼雷そうらい風菜ふうな。彼らが病院を入るのを見て、宗寛そうかんはやりきれない思いで目線を逸らす。

 これでは様子を確かめられない。


「……日を、改めるか」


 彼らの邪魔をしてはならない。なぎさが大事に至っていないとわかっている。だが、彼女の宗寛そうかんは元気な姿を一目見れればよかった。


「……遠くから彼女の元気な姿を見たら、お盆や彼岸以外の墓参りだけにしよう」


 もう今日のような出来事を起こさないために、日程とスケジュールを考える。病院から宗寛そうかんは背を向けて、真顔となった。彼にとってまだやらなくてはならないことがある。


「けど、その前に、下名かめいと同じ昧者あいしゃを探さなくてはならないな?」


 龍の瞳を湛えながら、歩みには力が入っていた。

 信号無視をした運転手を彼は探しに行く。

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