2

[はぁ!? オメェ誰だ!?]

なぎさに手を出してみなさい。その手を噛みちぎるわよ!」


 ヨウジは身構え、むなはなぎさを守るように手を出して前に立つ。二体は警戒心を露わにする。宗寛そうかんは向けられた敵意を嬉しそうに微笑んでいた。声を上げる二体に対して、零現れいげんは制する声を響かせる。


[ヨウジ、むな。やめろ!]


 零現れいげんの声に二体は目を丸くし、首を動かす。


零現れいげんのおっさん。なんだよ! こいつ、急に気配なく現れたんだぞ!? 得体知れないぞ!]

「明らかに、人じゃない! 私達より強い!」


 零現れいげんは顔を左右に振り、否定を示す。


[いや、この方は人ではあるが人ではない。だが、むなの言う通り、我らより強い。敵ではない。大丈夫だ]


 零現れいげんの制止に二体は身構えるのを辞める。かの冷静さに宗寛そうかんは感心をした。


「さすがです。零現れいげん殿。その思慮深さはこの地域の賢人と称えられても良いと思いますよ」

[まったく、宗寛そうかん殿は相変わらず神出鬼没ですな]


 零現れいげん宗寛そうかんに対して礼儀正しい姿に、ヨウジとむなだけではなくなぎさも驚く。おとろしの零現れいげんはこの地域の妖怪の中では長生きに入り、鎌倉時代からいる。なぎさは八百歳以上であることは知ってはいたものの、零現れいげんとも知り合いであることに驚きだ。

 二体の妖怪に向け、宗寛そうかんはにこやかに自己紹介をする。


「初めまして。小鬼さんにむじなの子。下名かめい宗寛そうかん山背やましろに嫁いできたなぎさちゃんのお婿さんです♡」


 なぎさの婿と言われた瞬間、ヨウジとむなと零現れいげんは妖怪でありながら背景に宇宙を背負い出した。しばらく呆然でしていたものの、高らかに驚声をハモらせる。

 ヨウジはとんでもないというように宗寛そうかんなぎさの双方を見て絶叫する。


[はっ、はぁぁ──っ!? むこぉぉ!?]

「ちょ、なぎさはまだ十七で花の高校生でしょう!? なんで学生結婚!? なんで、そんなことに!?」


 むなはパニックになる。

 零現れいげんは微動もせず、声を発していない。むなは混乱しつつなぎさの両肩を掴んで揺らした。


「ちょっと、なぎさ! 本当なの!? こんな得体のしれない奴が山背家やましろけに婿入りしたの!?」

「……しました」


 肯定するとむなは頭を抱えだして、宗寛そうかんを指差す。


「ああ、もう世も末かぁっ!

なんで蒼雷そうらい風菜ふうなは同意したのよ!?

顔はとっても良いのに、なんか二枚目三枚目みたいなやつと!

こんな得体のしれなさ! 皿屋敷のお菊さんが皿を数える時に、皿を地面に叩きつけて割って数えるか、皿をフリスビーのように投げて割って数えるほどの胡乱うろんさよ! 離婚なさい!」

「ねぇ、下名かめいの低評価の仕方が斜め上じゃない?

皿屋敷の内容で評価するそれ。ただのストレス解消だよね?

普通に低評価しない?」


 宗寛そうかんはツッコむものの聞いておらず、むなは両手で頭を抱えだした。なぎさを大切に思う三体の有り様は悲惨である。なぎさ本人は雑面を外しながら、どう声をかけて収集をつければいいか困りだした。宗寛そうかんは仕方なく話す。


「皆さん、落ち着いて。わかってますよ。自分のしたことがとんでもないことは。なんせ、この結婚は彼女たちを守る為ですから」


 聞いた瞬間に、彼らの動きはピタリと止まる。今まで沈黙していた零現れいげんが、やっと喋りだした。


[……どういう事ですか]


 落ち着きを見せると、宗寛そうかんは三体になぎさと抱える事情を打ち明けた。何があったのか、何がこの地域で起きているのか。宗寛そうかんの素性を話す以外全ての話す。なぎさは聞きながら、改めて自分の置かれた状況に頭を抱えたくなる。

 聞き終えたヨウジは腕を組み、渋い顔をした。


[なるほど……。祠の封印はしなくなってよかったものの、もう一つの分家がやらかした皺寄せがこっちの山背やましろにきたと]

「しかも、なぎさを陰陽師協会の有力陰陽師からの契約結婚を持ちかけられたうえに、狙われる恐れあり。しかも、なぎさたちの山背やましろを守るために、期間限定とはいえこちらも契約の結婚をした?

その陰陽師たちは過激な派閥で、なんかとんでもない手段が来るかも!? 何それ!?」


 むなは怒りを露わにし、零現れいげんは心配そうに宗寛そうかんへと目線を送る。


[しかも、守る為に貴方は囮を買って出たのですか]

「ええ、はい。実際に相手のヘイトは下名かめいに向かってきています」


 話していると、渚は恐る恐る聞く。


「先生、会えなかったのはやはり……」

「ああ、考えている通り、囮役をしていたんだ。

君たちを守るために準備やら工作をしつつ、思いっきり疑似餌になった。なぎちゃんが、しばし平穏に暮らせてたなら下名かめいの囮は十分効果を発揮していたようだね」


 しっかりと彼が囮役になっていたようだが、怪我をしている様子がない。余裕さが滲み出ており、疲れも見えなかった。彼は新聞に包まれた花としきみにバッグを見せてニコニコとしている。


「今日はちょっと個人的に用事があるから、途中でなぎさちゃんに顔を見せようかなって来ました」


 笑顔を保つ宗寛そうかんに、零現れいげんはため息を吐いていた。


[貴方は、またそのように大変な役を買って出て……]

「ははっ、組織の仕事に比べれば大したことはないですよ。それに、これも下名かめいの役割ですし」

[……山背家やましろけの為に、祠の……あの方を殺したと]


 零現れいげんの悲しげな声を聞き、宗寛そうかんは頷く。


「ええ、下名かめいの責任として貪り、食い殺しました」

[……宗寛そうかん殿]


 苦しげな零現れいげんだが、彼は首を横に振る。


「いいのです。零現れいげん殿。貴方は悪くない。責任は下名かめいにある。恨むなら、下名かめいに向けてほしいです。どうか、いつものようにこの地域を守ってください」


 優しく言われ、零現れいげんは何も言わない。なぎさは彼らのやり取りに小首を傾げつつ、ヨウジが話しかけてくる。


[なぁ、総スカン]


 気に食わない意を込めて言ったのだろう。しかし、宗寛そうかんは目を丸くした後、頬を赤らめてヨウジにうっとりとする。


「何その呼び名……。いい響き……♡」

[ヒッ……!?]


 ドン引いてヨウジはなぎさの背後に隠れる。


[何だよ、こいつ。キモイ……!]

 

 キモイと言われた宗寛そうかんは口を押さえて、赤い顔のままそっぽを向く。流石のむなもドン引いてなぎさの背後に隠れた。

 なぎさは冷静になる。

 お世話になった先生にそんな気があるとは思わない。だが、まず友の妖怪にエムの面を見せること。人前で被虐趣味を出すのはやめてほしかった。宗寛そうかんを先生と慕う父と母に見せられるもんじゃない。なぎさは大きくため息を吐き、軽蔑の目を送った。


「人前や親しい妖怪の前でそれやめてくれますか?

今、私と籍入れているんですよね? 結婚している建前上、そういうのやめてください。この先、これ以上の醜態晒すと本当の総スカンになりますよ?」

「ふふっ、なぎちゃん。その目もなかなか」


 ぞくぞくと震えている所、彼女は彼にとって効く言葉を吐く。


「先生を尊敬している私達を幻滅させないでください」


 言われた瞬間、宗寛そうかんは顔を真っ青にして両手を合わせて謝る。


「あっ、なぎちゃん。そ、それは……っ!

……本当にごめんなさい。君の前でとんでもなかったです……。自分の趣味は人前で出しません! 申し訳ございませんでした!」

 

 宗寛そうかんが両手をあわせて謝るどころか、頭を深々と下げていた。お世話した子から、正論を言われてしまえば御仕舞である。零現れいげんが色んな意味で終わっていると指摘しないのは優しさ、もしくは諦めであった。


[は、話を戻すけどよ! これを俺達に話したってことは、何かあるんだろ?]


 ヨウジが軌道修正を図る質問をする。宗寛そうかんは我に返ったのか、頭を上げて真面目に話した。


「あ、ああ、その通りだ、御三方にはこの地域に住まう妖怪によそ者の陰陽師の注意をしてほしい。絶対に近づくな。関わるなと」

「……それだけなの?」


 むなに聞かれ、宗寛そうかんは首肯した。


「相手は妖怪も躊躇なく狙う過激な奴だからね。だからこその忠告だ。知り合いの妖怪たちでもいい。少しでも生存確率を上げてほしい」


 むなは零現れいげんに目を向けると、力強く頷かれた。


[むなよ。信じていい]


 零現れいげんからの進言もあり、彼女は渋々と宗寛そうかんを見る。


「……零現れいげん様が言うから信じて伝えてあげるけど……私は信用しないわよ?」

「結構だ。けど、怪しい人に声をかけられたらすぐ逃げるんだよ?」


 先生のように言うと、むなは舌を出してつっけんどんに言う。


「わかってますよーだ! なぎさ、あんまりこの三枚目に振り回されちゃ駄目だよ!」


 むなは変化を解いてむじなの姿に戻ると、雑誌を口にして社の下へと戻っていく。宗寛そうかんは苦笑していた。


「総スカンなだけに、下名かめいは嫌われてしまったかな?」

「……先生、気に入ってませんか? その呼び方」

「まさかまさか」


 冗談を言うように笑っているが、なぎさはすかさず口を開く。


「やっぱ、父と母に宗寛そうかん先生は罵られて興奮していたと話していいですか?」

「すみません。気に入ってます。だから、下名かめいを慕ってる子達にそう言わないで」


 すぐに謝る。やはり気に入っていることに、なぎさは呆れてしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る