ACT.1 これはなァ……勇気の切断だ!

第17話 出会いと別れ、また逢えるその日まで

【03~14話】までの粗筋。

 春休みは今終わろうとしていた。

 義姉となった春姫によってダイエットや話術、勉強といった『めちゃモテ道』を叩き込まれた主人公の勇気の物語は動き出す……


※15、16話はSideストーリーなので読んで粗筋に記載しておりません。

―――――――――――――――――――――――――――――




「ぜーっはー、ぜーっはー、ぜーっはー」


 それは出産時のような呼吸だった。

 僕は息を切らし肩を使って呼吸し、早朝の住宅街を走り込んでいた。

 後ろから追い立てるようにして、春姫さんが声をかけてくる。


「ほら! だらしなく走らない! 運動部までとは言わないけれど、授業で活躍できるぐらいの体力は付けないとダメよ?」


 相変わらず容赦がない。

 でも目標のためなら頑張れる。

 走る距離と時間は日々増えている。


「めちゃモテ道を歩んで可愛くて巨乳の彼女を作るんだ!!」


「その意気よ! そのためにも身体作りが重要よ」


「判ってる」


 そう言って僕は地面を蹴り上げ加速した。



………

……



 まだ日の昇らない閑静な住宅街を走り終える。

 風景は変わらないものの車通りが少なく走り易い。

 穏やかな春風が吹き抜け心地よい。


「はぁはぁ……」


 ゴールに設定した公園に到着すると、ゆっくりと減速し息を整えながら汗を拭う。

 先週よりも短時間で長距離を走れるようになっているし、苦しくもない。


 成長を感じられ、オマケに……同年代の巨乳美少女の汗で張り付いた肢体を視姦出来き、さらにフォームの指導が入れば、胸や身体が寄せられ柔らかさや汗のかほりを堪能できる。

 

 汗を吸った布越しに顔と膝に伝わる柔らかい爆胸の感覚が素晴らしい……と言いたいところなのだが、実際はそれどころではなく前身の筋肉が悲鳴を上げている。


 腹筋ががががが……いや、それでも胸の感触は最高や! あ、色々と元気になってきた……


 すると、膨らんだ部分に気が付いたのか、春姫の頬が赤らむものの、一瞬見下すような表情に変わる。

 ゾクゾクと悪寒が走るが、何だが興奮してきた……しかしその表情も憐れむような目線に変わる。


「教育的指導……といいたいところだけど勇気君スケベ根性も馬鹿にならないわね。まあでも下着を盗んだり、覗きとかヘンなコトしない限りは大目に見てあげましょう」


「あ、ありがとございます……」


 浴びるように水を飲む。


「水分補給は結構だけど戻さないでよ?」


「う゛っ判ってるって……」


 そう言うと三分の一ほど飲んで、ペットボトルの蓋を締めた。

 あれは走り始めたばかりの頃、休憩を兼ねて水分補給をしまくった結果盛大に道路にモドしてしまったことがある。


「結構体重落ちたんじゃない?」


「身内の贔屓目だよ。それに減量ペースも調子落ちてきたし……」


「一気に痩せられるのはそれだけ太っているから、テストの点数と一緒で詰めてれば詰めるほど、思うように行かなくなるものよ。私だってダイエットには結構かかったんだから、男女の基礎代謝の違いがあるとはいえそう簡単に痩せられてたまるものですか……あ、それに『身内の贔屓目』って私のことを家族として認識してくれてるってことよね? 義姉ちゃんうれしいわー」


「言葉の綾ですって!」


「あれ? 勇気君くん? おはようそれと……」


 楽しく談笑しながらジムに向かう途中、かけられた声に聞き覚えがあった。

 全身から嫌な油汗が吹き出し、背中がびしょびしょになり、一瞬で顔色が悪くなったのが自分でも判る。

 

 まるで油の刺されていないブリキのような動きで声のする方に視線を向けると、ラフな服装で小さな犬を連れた檜山さんがそこに居た。


「お、おはよう檜山さん……」


「……」


「やっぱり勇気くんだ。久しぶり元気にしてた? あの日はごめんね。私も……」


 話の途中で春姫さんに気が付いて言葉が止まる。


「『清中の女神』がなんでここに……」


 驚いたようすでポツリと呟いた。

 『清中の女神』……つまり龍蛇母たつだも春姫ハルヒメと言う地元の有名人を知っている彼女にとって、僕はそれ以下の存在なのだ。


 僕にとってはショッキングな事件も、檜山さんからすれば大した事件ですらないのだ。

 本当に嫌になる。僕の一世一代の告白に何の価値もなかったのだ。ともう一度突きつけられまるで手の平に杭でも刺されたような鋭い幻痛を感じる。


「はじめまして私は龍蛇母たつだも春姫ハルヒメと申します。勇気くんとは親同士が再婚した結果、義姉弟になったんです。卒業式の日も勇気くんと居ましたよね?」


「え、ええ……それが?」


「檜山さん達は勇気君を笑いものにしたそうですね?」


「……」


「よくそんなことをした相手の前に顔を出せますね?」


「わっ! わたしは!」


「勘違いしないでほしいのだけれど、私はあなたの事情なんてどうだっていいのよ。一緒に暮らして二か月の義兄だけど仮にも家族なのよ。家族を馬鹿にされて笑っていられるほど、私は人間が出来ていないわ」


「……」


「言い訳がしたいのなら私にではなく、勇気君手短に伝えることね」


 そう言うと長い亜麻色の長髪を靡かせながら檜山さんから距離を取る。


「ごめんなさい」


 そう言うとペコリと頭を下げた。


「言い訳をするつもりはないの、手紙を出したのは長谷部と長谷部のことが好きなコトハがやったことで、私は勇気君を打ち上げに誘おうとしただけだったの。でもそれが結果としてあなたを傷付けることになってしまった……本当にごめんなさい」


「……背景は判ったよ。でもそれで納得して割り切れるほど僕は大人に成れていない……今までと違って今は、僕の恋心を弄ばれたことに腹が立つよ……」


 その言葉は檜山さんに伝えるというよりは、二年間も未練を引きずっている自分に言い聞かせるようなものだった。


 愛だの恋だのというモノは、複数の感情の混合物に無理やり名前をつけている代物だ。

 だから、憧れや独占欲、所有欲、性欲と言った感情を恋や恋愛感情と誤認するのも仕方がない。そうおもうことにした。


「それは……」


「檜山さんからの否定も肯定も慰めさえも僕にはいらない。だって僕は檜山さんを追うことをやめて追われる立場を目指すことにしたから」


 僕はそう言うとファスナーを卸し、服を捲りボロンと素肌を露出させた。


「キャッ!」


 短い悲鳴が上がる。


「見てよ! お腹もかなりへこんだし、十キロ以上減量できたんだ!!」


 そう言うと僕はお腹を見せつけた。

 腹筋が割れるほど痩せた訳ではない。

 しかしお腹は目に見えてへこんでいる。


 実のところ筋肉が結構ついただから、実数値でいえばニ十キロ以上は痩せられたと思う。

 このまま続ければまるで板チョコのように、六つに割れるのは時間の問題だろう。


「凄い……」


「僕達はこれからやることがあるから、じゃあね」


 僕は春姫さんの腕を引くと足早にその場を後にした。

 

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