第33話 痴漢から助ける②


 ビジネスマンの男が周囲の乗客に号令をかけると、周囲の乗客達が一斉に痴漢男に襲い掛かる。


「なんなんだコイツらぁ!? 離せよコラァ! やめろお前ら! ――っ! あ゛ーもう痛い、痛いって」


「抵抗しても無駄だ!」


「何なんだよお前ら! 俺が何したって言うんだ放せコラ! 

辞めろ! 何をする! 俺は知ってるぞ私人逮捕は厳しいんだぞ? こんなの認められるか! お前ら訴えてやる。証拠を出せ ゴホッ!」


 咳込む痴漢者を捕らえた僕達は、次の駅で痴漢者を駅員に引き渡す。

 現行犯逮捕に協力してくれたリーマンやOLの方にお礼を言うと、同じ学校の少女の為に駅に残る判断をする。


「お手柄だったね。事務所でお話訊きたいんだけど……君、学校大丈夫?」


 騒ぎを聞きつけた駅員さんが警察を呼んだようで、僕に話を訊きに来たようだ。

 緊張感と達成感でもうヘトヘトで忘れていた。


「あっ……」


 すっかり忘れていた。

 昨日は早退、今日は遅刻……あれ? 僕ヤバくない? 不良のレッテル張られそう。


「学校にはこっちから連絡しておくから大丈夫だよ」


「ありがとうございます」


 僕と被害者の少女は、駅員、警察を交えて被害を確認するのであった。

 解放された時には時間は既にお昼を過ぎていた。


「君達疲れたでしょ? いやー長引いちゃってごめんね……」


 年配の警察官は親しみやすい声音で声をかけてくれる。


「嫌なことがあった時にはお腹一杯美味しいモノを食べるといいよ。裸でごめんけどホラ」


 そう言って僕達に五千円を差し出した。


「そんな、いただけません」


 基本的に黙っていた少女は言葉を発した。


「二人とも同じ制服だ同学年だろ? 被害者と助けた人間と言う違いはあるけど同じ事件を経験した仲だ。乗り越えるにはいい関係だとおじさんは思うな……」


 二人で顔を見合わせる。


「それに泣き腫らしたその顔じゃぁ親御さん心配するよ? 笑顔とまではいわないけど少しは元気な顔しないと……君にはまだ『裁判』と言う戦いがあるんだから……」


「裁判ですか……」


「勧めるつもりはないけど、和解して慰謝料を取る事も出来る。まだこの事件は終わりじゃないんだよ? むしろここからだ」


「……」


「これから戦うためにも美味しいご飯食べないと、ほら『欲しがりません勝つまでは』って言うでしょ?」


「戦中の日本人か!」


「部長、それを言うなら『腹が減っては戦は出来ぬ』では?」


 若い婦警さんがドアを開けて現れた。


「お疲れ、被疑者は?」


 婦警さんはダメだと言わんばかりに首を振る。


「重ねて学校には私から連絡しておくから、今日は二人でご飯でも食べて帰りなさい。痴漢の恐怖は後になってやってくるからね……今日は家族や友達と過ごすといいわ」


 性被害の聞き取りは女性警官が務める場合が多いと漫画で見たことがある。

 そして辛いのはここからだと言うのも……何度も事情聴取に呼ばれ挙句の果てには裁判でも自身の体験を克明に何度も語る。


 人間は繰り返すことで辛いことにも慣れる生き物だがそれは心を擦り減らしその程度のことで辛さを感じられなくなった。と言えるのではないか? と僕はつい考えてしまった。


「……判りました」


 一足先に部屋を後にする少女を、婦警さんが追いかける。

 辛さがぶり返したのだろう。

 無音になった部屋にドアが閉まる音だけが寂しげに響いた。


「さて、岩野くん、申し訳ないが君には彼女のフォローを頼みたい。警察ってのは単なる捜査機関だ被害者の心のケアにまで仕事にはできない。それは裁判所も同じだ心の傷を癒せるのは、時間と周囲の人間だけだ精神科医やカウンセラーだってその手助けをするだけだ。結局のところ人は誰かの助けを借りて、独りで立ち直るって訳だ」


「……」


「十代の少年に頼むのは心苦しいが、彼女にとって君は王子様だ」


「王子様?」


 テニヌの跡部様とCV宮野〇守が脳裏を過る。


「そう、王子様。ラブコメなんかでヒロインを助けるカッコイイ役、セーラー〇ーンのタ〇シード仮面とか知らない?」


「まあ何となく判ります……」


(僕の場合どっちかというと)


「あ、そう。ジェネレーションギャップかな……」


 部長は少し悲しそうな顔をする。


「君が傍にいてあげることが今できるケアなんじゃないかと思ってね」


「君も嬉しいんじゃないか? あれだけの美少女と食事が出来るんだ。あわよくばワンチャンあると思うよ」


「……」


 僕は無言で刑事を睨んだ。


「冗談だよ。でも出来るだけ傍にいてあげて」


「判りました」


 壁にもたれかかりながら僕を待つ少女を見る。

 足音で気が付いたのか、スマホに向けていた視線を上げた少女と目が合った。

 なるほど痴漢が狙うだけあって容姿もスタイルも整っている。


「悪い、遅くなった」


「別にいいわよ。警察の人に何か言われていたんでしょ? 

お腹空いたわ、早くどこかへ行きましょ」


 そう言うと足早に廊下を歩く……

 駅構内にでると彼女は迷いなく飲食店街を目指していく……


「有名な君があたしを助けるなんて、どういう風の吹き回しかな?」


 やはりと言うか彼女は僕を知っているらしい……   

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