第38話 大物狩り(7)
とても、とても嫌な予感がした。
「やめろ」
制止したが、彼女は頑固だ。それにもう体力が限界に近いらしく、ここで決着をつけなければいけないと決心していたようだ。
気を失ったように見えた魔物が小さく笑うのが見えた。おいついた僕は反射的に彼女をつきとばした。といっても数歩よろめかせただけだが、
そして丸太のような腕の一薙ぎが飛んできた。
相手も不完全な体制からの不意打ちだったのが幸いだった。威力は本来のものよりずいぶんそがれ、訓練のおかげで全身にアストラル体の強化をめぐらせていたのがうまく働いてなんとか直撃だけは避けることができた。
といっても、やはり威力は絶大だった。かすっただけで、自分のアストラル体にひどいダメージがはいるのがわかり、さらに立木にぶつけられて息がとまった。
たぶん、一瞬意識が飛んでいたとおもう。ここで気絶したら死ぬ。その実感がなんとかその程度に踏みとどまらせてくれたように思う。
目をあけると全身ぎしぎしいっている。一歩も動きたくないほど痛い。
そしてとどめをさしにくる魔物が見えるのかと思ったが、予想に反して魔物はこちらに背中をむけ、膝をついて痛そうにうなっている。
僕が危ないと思ったクルルが自分に注意をむけるため、魔物の膝関節の急所に思い切り蹴りをいれたためだった。
だが、そんなことはこの時には思いもしなかった。浮かんだ考えはただ一つだった。
今しかない。
僕はやつの背中に飛び乗り、太い頸椎を両の掌ではさんで、小型魔物を倒して蓄積した使い捨てのアストラル体を全部ぶちこんで電子レンジの魔法を放った。
アストラル体同士の拮抗というのは経験がある。小型魔物の抵抗もすごかったが、さすがに大型魔物のは気をぬけばはじき返されそうなほど強かった。持ち出せるだけ持ち出し、何が何でも、これが失敗すれば死ぬと覚悟して数秒。
ふっと魔物の抵抗が消えた。振り上げた腕が地面をうち、延髄から煙を上げて魔物は地に伏せた。
落ちた魔物の腕の間に、腰を抜かしたクルルがいた。死んだ魔物と背中にのったままの僕を見て、彼女はびっくりしていた。
「ごめん、ちょっと寝る」
もうこれ以上は無理。痛みと疲労で意識を失う前に聞こえたのは、彼女の安堵の鳴き声だった。同時に、魔物から大量のアストラル体が流れ込んでくるのも感じる。おそらく、使った分よりずっと多いだろう。
目がさめると、僕はハンノキ村にいた。といっても、外壁の外で荷物をおいた場所。そこに焚火を起こし、眠ってしまったクルルに膝枕されて寝ていたのだ。
どれくらいの時間がたったかわからない。目はさめたが、完全に回復していないので。さほどの時間はたっていないだろう。クルルを起こさないようそっと起き上がると、魔物の死体が目にはいった。とんでもなく間抜けなはなしだが、まっすぐ奥地に逃げているつもりでぐるぐる回っていたようだ。あれだけのアストラルの輝きを持っていたオランウータン魔物にその輝きはなく、いまはただの肉の塊。
さばいたり冷却したりする余力はないので、足のしっかりした筋肉のあたりにナイフをいれてまだ温かく、血のしたたる肉を切り取ってみる。血抜きをやってないから生臭いと思うが、これを焚火であぶってたべてみた。
中毒性の毒はしっかりあるようだが、そのうまみがこれまでのどの魔物よりも凝縮されてて生臭さが気にならない。いや、後味が悪すぎる。
毒のうまみが消えた後に、雑食性の生き物にありがちな臭みと、血の臭みが残ってこれはちょっと続けて食えないな。
血はちゃんと処理すればいいけど、もともとの臭みは調理方法を工夫できるだけの香料がないとだめだろう。
それから、魔物がこもっていたホールにはいってみた。
ひどいものを見る覚悟はあったが、それ以上だった。
そこらへん中に血糊が飛び散ってるのはまだいい。それくらいは覚悟していた。本当にひどかったのは奥の床が一部抜けたところを覗き込んだときだった。
床下は土台とネズミよけの金網をしっかりはってあって、囲いのようになっている。それを利用して、オランウータン魔物は何匹も小型魔物を放り込んである。飼育しているという感じだ。アストラル体も食う魔物は生餌を好む、この小型魔物たちはあいつの保存食というわけだ。そして、小型魔物たちは投げ込まれた人間の死体を食っていた。ほぼ残骸しかのこっていないので誰かわからないが、まだ投げ込んでない死体が別の区画に三人ほどのこっている。見覚えのある三人で、一人は村長代理をしていたカクルだった。あとはカクルとは別の家族の母親で、成人した子供を三人もつ初老の女性とその娘だった。彼女の手首がなくなっているので、あのときかじられていたのがそれなのだろう。
槍が届く深さなので、まだぼろぼろの体だったが、僕は小型魔物たちを全部突き殺した。一番味のいい猪型魔物をひきあげ、ゆっくり解体をする。何を食ったかは考えないことにした。とにかく体力を回復したかったし、そのためには食べる必要があり、できれば新鮮な肉がよかった。
気が付くと、クルルが起きてきていて顔色が悪い。ホールの中を見てしまったらしい。
腹ごしらえをしたら、あの三人の埋葬をしよう。
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