第31話 レクチャー(2)

「シイナ、勝手に始めてるじゃない」

 魔導師サボンは寡黙と感じた最初の印象とは違う素っ頓狂な声をあげた。

 おかげでシイナの詰問が止まった。

 いや、助かった。一時的なことかもしれないけど。

「僕があなたと同じとこからやってきたことはどうかご内密に」

 その隙に彼女にささやく。目をなぜか不機嫌なクルルに向けたので、彼女にも伝わったようだ。小さくうなずいてくれた。

「ごめんごめん。待ちきれなくってさ」

 そしてシイナはサボンに向かって明るく返事をした。

「あんたの先走る癖、直さないとそのうち死ぬよ」

 仲がよろしいようで。とおもったら袖をひっぱられた。

 クルルがジト目で見ている。

「ずいぶん仲良さそうに話してたね」

「いきなり投げられたけどね」

「強いの? 」

 見ればわかることを聞いてきた。

「そうだね。ものすごく強い。力だけじゃなく上手い。手も足もでなかったよ」

「それでも師匠にはかなわないはず」

 なぜかシイナに対抗心を燃やすクルル。彼女のこういう面は初めて見る気がする。

「聞こえたよ。じゃ一手手合わせしようか」

 クルルはたぶんとても頑張ったのだと思うが、楽しそうなシイナに翻弄され、むきになって蹴りと拳を繰り出しているだけだった。手合わせの時間は僕より長かったが、あれは完全に遊ばれてるよな。

 あーあと人ごとみたいに思って見ていたら肩を叩かれた。

「ちょっと失礼していいかしら」

 サボンがにこにこしているが、そのアストラル体がなぜか魔物のように赤味をおびている。魔物とは違うが不吉な予感。

「な、なんでしょ」

「ちょっと痛いと思うけど、確認したいことがあるの」

「いや、痛いならえんり…」

 遠慮したいと言い終わることもなく、彼女のアストラル体がのびて鞭のようにしなると僕のアストラル体を打った。

 肉体的な痛みはなかったが、その一撃は確かに「痛かった」。アストラル体だけを殴られたらこう感じるのだろうか。

「駄目ね」

 魔導師サボンは残念そうにため息をついた。

 いきなり痛い目にあわされて駄目だしって。

「あら、ごめんなさい。今のは魔導師の素質の確認よ。クルルちゃんにも断って確認済」

 そうですか。ちゃんと説明してほしかったな。

「彼女には素質があったわ。ただ、大成するほどじゃないから使えて初歩的な魔法が二つ三つかな。そうでなかったらさらってでも王都に連れて行くのだけど」

「それくらいの素質は珍しくないの? 」

「素質もち自体は稀有よ。その中のほんの一握りが王都にいくだけ」

 私みたいににね、とサボンはどや顔をした。まあ、神兵とよばれるシイナに同行してるのだ、彼女の実力はぴかいちなのだろう。

「クルルちゃんくらいでも、きちんと練習して魔法が使えるようになればミョルド家みたいな地方領主が雇ってくれるわ。使い方がわかっていれば、魔導師がいるかいないかで戦争の結果がだいぶ違うからね」

 ということは、断ったら最悪…ぞっとする想像だった。

 クルルとシイナのじゃれあいはそろそろ終わりに近づいていた。クルルが肩で息をしてるし、シイナは飽きたのかあくびまでしている。

「はい、ここまで」

 最後は軽く投げて終了を宣言。クルルはくやしそうにあおむけのまま息を整えている。

「二人とも基礎はしっかりしてるので教えることはありません。アストラル体のコントロールだけきちんと訓練しましょう。こうがっときてぐっとするだけです」

「おい、それじゃわからんぞ」

 あきれたように心を代弁してくれたのは三人組の最後の一人、オリアスだった。

「あら。魔弓はどうだった? 」

「村長の言葉通りだ。しばらくは無理だ」

「と、なるとあてになるのはこの二人だけか」

 逃げたい。

「大丈夫、がっときてぐっとできれば油断さえなければ楽勝楽勝」

 この特戦隊員、無責任というか能天気というか。

「ええとな、こいつのいうがぅとくるのは、ここにアストラル体を集中させることでな。ぐっとというのは集めた力で動くということだ。で、そのためのトレーニング法があるんだが、これは魔導師であるなしは関係ない」

 寡黙なオリアス氏が仕方なく饒舌になってるよ。

 彼のいう集中ポイントは、いわゆる臍下丹田だった。

 それから僕たちはトレーニング法を教わった。

 ひとつは丹田に力をこめて、ぱっと解き放つもの。このときに自分のアストラル体を凝縮するイメージの持ち方について、がっとしか言わないシイナにかわってオリアスとサボンがそれぞれのイメージを教えてくれた。オリアスは目を向けずに「凝視する」といい、サボンは渦を作るイメージといい、シイナはがっという。

 少し掛け声にしたがってやった後、なんとなくイメージがつかめてきたころには、僕もたぶんクルルもサボンとオリアスと同じ印象をシイナに抱いていたと思う。

「実戦の時はこのがっとなった状態を維持して攻撃にしても防御にしても小さくぐっとする感じね。ここで一つの動作に全部ぐっとしちゃっても隙ができるだけでほとんど威力はあがらないから」

 それから、クルルの魔法の訓練。彼女は魔法なんか使えなくてもいいと言っていたが、サボンが丸め込んでしぶしぶ始めた。

「キチがつきあってくれるならやる」

 巻き込まれた。

 初歩的な魔法はいくつかあるが、サボンが教えたのは声にアストラル体の威力を乗せて放つ魔法。爆発火球など、かなり高度なのでまずは体から放てるものに威力をのせるということらしい。がっとして、声をぐっとして放つ。その繰り返し。

 オリアスが再度偵察してくるというので、その期間、約三日ほど、僕たちは訓練を繰り返した。食料は衛兵隊が出してくれたのし、子供たちも引き続き預かってくれた。ダルドが自分もついていくといってすねたので説得が大変だった。

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