シゴト 後編

「ったく、もしおそわれても俺が守るに決まってるじゃんか」


 ボソッと永遠のつぶやきが聞こえる。

 そしたらリオくんの声が頭の中に響いた。


『トワじゃあ頼りないから言ったんだけどね』


「あ、あはは……」


 私はかわいた笑い声を出しながら、リオくんの辛辣しんらつな言葉が永遠に聞こえなくて良かったって思った。



 そのすぐ後に倉橋さんが戻って来てちょっとビックリする。

 私はあわててリオくんをポケットに戻してソファーに座り直した。


「さ、今回ご用意したのはこちらのジュエルです」


 ソファーの前にあるローテーブルにていねいに並べられた宝石たち。

 置かれていくのを一つ一つ見ているだけでドキドキしちゃう!


 サファイア、コハク、アクアマリン、あとオウちゃんと同じトパーズ。

 ……ん? ちょっと違うかも。

 トパーズはトパーズでも、これってもしかしてインペリアルトパーズじゃない!?


 インペリアルっていうのは皇帝って意味で、そういう名前をつけられたトパーズのこと。

 その名前の通り、色もかがやきも段違い!

 思わず「はわわ」って感動の声を上げちゃったよ。


「こ、これ……本当にさわっていいんですか?」


 心臓をバックンバックンと鳴らしながら緊張で強ばった顔で倉橋さんを見た。

 倉橋さんは軽く春花さんを見てから、ニッコリと優しく笑みを見せてくれる。


「もちろんですよ、そのためにご用意したのですから」

「っーーー!」


 あまりのことに声にならない悲鳴を上げる。

 やっぱり来て良かった!


 神さまに感謝したくなりながら、ひとまず落ち着こうと深呼吸した。

 興奮したままさわって傷でもつけたら大変だしね。


 何度か深呼吸をして、少し落ち着いたところでまずはコハクの髪飾りに手を伸ばす。

 いきなりインペリアルトパーズをさわったら手汗がひどいことになりそうって思ったから。



 そっとふれるとほのかに温かいコハク。

 宝石はヒンヤリするものが多いけれど、コハクは木の樹脂が化石になったものだから他とはちょっと違うんだよね。

 パールやサンゴと同じく有機質ゆうきしつ宝石って部類に入るんだ。


 英語名はアンバー。

 石言葉は金運きんうん長寿ちょうじゅ繁栄はんえい――。


 図鑑とかで読んだ知識を思い出しながらさわっていると、かたっくるしい男の人みたいな声が頭の中に響いた。


『……あまりふれるな。手の油がつくだろう』

「え!? わ、ごめんなさい!」


 思わずあやまっちゃった。

 そうだった、私は石の声を聞くために宝石にさわっているんだっけ。


『まあ、ここの主人は後でしっかり手入れしてくれるから良い。……それで? キミは私の声が聞こえるんだったか?』

「う、うん……」


 コハクと会話しながら周りの目が気になる。

 今まで石と会話するときは、石の声が聞こえるようになった原因でもある永遠や春花さんしかいなかった。

 だからそこまで気にしなかったけれど……今の状況って私、一人でしゃべってるってことになるんだよね?

 ある程度事情を知っているらしい倉橋さんだけれど、周りに人が増えると気になっちゃうよ。


「ん? どうした?」

「あ、いや……だって、石の声が聞こえるのは私だけなんでしょう? 一人でしゃべってておかしく見られるんじゃないのかなって思って……」


 私の様子に気づいた永遠に伝えると、「あっ」ってたった今なにかを思い出したみたいに声を上げる。


「悪い、言ってなかったな。石との会話は声に出さなくても心の中でできるんだよ」

「はあ!? 早く言ってよ!」


 つい文句が先に出ちゃった。

 でも当然だよね、早く言ってくれればずかしい気分にならなくてすんだんだもん。


「ごめん……」


 肩をすくめてソファーに座る永遠。

 ちょっと責めすぎたかな? って思ったけれど、フォローする前にコハクの声が頭に響いた。


『もういいか?』

「え、あっ」


 そうだ、話すのは心の中でいいんだよね?


(うん、大丈夫)

『そうか、なら早く用件をすませてくれ』


 ちゃんと伝わってるみたいでホッとした。

 これなら宝石を見てるだけって感じに見えるよね。


(えっと……呪われた石について聞きたいの)

『ああ、ディコルにかれた石のことか』


 すぐに話が通じる辺り、石たちの中ではディコルの存在が知れ渡ってるんだな。

 まあ、コ・イ・ヌールみたいに古代から呪われた石はあったらしいからね。不思議じゃないか。


『この店にもあったはずだ。置かれていた場所が遠かったのでどの石かはわからぬが』

(え!? そうなの!?)


 まさかすぐに情報が得られるとは思わなくてビックリ。

 『他の石にも聞いてみろ』って言われて、私は次にアクアマリンのイヤリングを手に取った。


 アクアマリンは水色の宝石で、人魚の涙とも呼ばれてるくらい綺麗な宝石なんだ。

 石言葉は聡明そうめい沈着ちんちゃく勇敢ゆうかん


『こんにちは。ディコルにかれた石を探してるのだったかしら?』


 アクアマリンの声は落ちついた女の人って感じ。

 真っ先に本題に入ってくれて助かる。


(うん、なにか知らないかな?)

『そうね、なんとなく気配は感じたのだけれど……どの石なのか、まではわからないわ。ごめんなさい』

(ううん、ありがとう)


 アクアマリンも知らないみたいだけれど、この店にあるのはたしかだってわかった。

 私はアクアマリンのイヤリングを置いて、ブルーサファイアのネックレスを手に取る。


 深い青色のブルーサファイア。

 石言葉は誠実せいじつ守護しゅご博愛はくあい

 神さまとつながる石って言われてて、昔からえらい宗教者が身に着けたんだって。


 結婚にみちびくとも言われてて、私も大人になったら身につけてみたい宝石の一つなんだよね。


(えっと、こんにちは。ディコルのこと聞いていいかな?)


 ペンダントトップの青い石にふれながら聞くと、かたそうな、でも聞いてて安心できるような男の人みたいな声が聞こえた。


『ああ、かなり強い呪いの気配を感じた。この店に一つあるのは確実なのだ』

(わかった、ありがとう)


 お礼を伝えてブルーサファイアを置く。

 三つの石はこの店に確実に呪われた石があるって言ってる。

 しかも強力な呪いになってるっぽい。


 そんな石放っておけないよね。

 でもどこにあるのか、どの石かはまだわからない。

 私は最後にインペリアルトパーズのブローチに手を伸ばした。


『助けて!』

「っ!?」


 緊張しながら石にさわると、すぐに悲鳴に似た声がした。

 私と同じ年くらいの女の子の声。

 声の雰囲気だけならオウちゃんに似ている気がする。


『呪われているのはブラックダイヤモンドよ!』

(わかった!)


 必死そうな声にすぐに伝えた方がいいと思った私は、倉橋さんに目を向けて話した。


「ディコルにかれた石はブラックダイヤモンドです。ありますか?」

「っ! ええ、ございます。こちらにお持ちしますか?」


 驚いて、でもすぐに対応してくれようとする倉橋さん。

 そこに永遠が立ち上がる。


「あ、俺が行きます。はらうのは俺のシゴトだし、要芽がいると危ないし」


 私がディコルを怖がってたから気づかってくれたみたい。

 友だち思いの永遠にちょっとうれしくなった。


 ……友だち思いと言えばこの子もだよね。


 インペリアルトパーズにふれながら思う。


 トパーズの石言葉は友情ゆうじょう希望きぼう潔白けっぱく

 すぐに助けをもとめてくるくらいだもん。仲間の石を助けたいって思ってたんだろうな。


 オウちゃんもだけど、トパーズは友だち思いなんだなってほっこりしていた。

 でも。


『違う! ブラックダイヤモンドはもうこのお店にはないわ!』

「え?」


 緊迫きんぱくした声に意識を集中させる。

 このお店にないってどういうこと?


『ついさっき、ほんの少し前に売られちゃったの!』

「売られた?」


「は? 売られたってどういうことだよ」


 心の中で会話することも忘れて声に出した私に、永遠はまゆを寄せていぶかしむ。

 倉橋さんも部屋を出ていこうとするのを止めて私を見ているし、春花さんは緊張した顔をしつつだまって私の言葉を待っているみたいだった。


 そんな中、フッと頭の中に映像が流れる。

 見ている景色は多分さっき見たこの店の店舗内。

 視点の場所がショーケースっぽいから、きっとインペリアルトパーズの見た光景なんだと思う。


 インペリアルトパーズはなにか嫌な気配のする石と一緒にショーケースから出されてお客さんの前に出された。


「っ! え?」


 見えたものにドクンと心臓がはねる。

 嫌な予感にドクドクって鼓動こどうが早まった。


 なにか話しながら色んな宝石のついた装飾品を見ている女の人。

 連れの子どもと楽し気に買うジュエリーを選んでる。

 そして、彼女たちが選んだのは呪いがかかってる嫌な気配がしたブラックダイヤモンド。


 そのまま買われて行ってしまった。


「ウソ、でしょ?」

「要芽? どうした? 顔色良くないぞ?」


 私の顔を見て、心配そうに近づいて来る永遠。

 私はどうすればいいのかわからなくて、すがるように永遠を見た。


「どうしよう……ディコルにかれたブラックダイヤモンドを買ったの、柚乃のお母さんだ!」

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