アダマースと護り石 後編

「スイ、いったん戻ってちょうだい」

「ピピッ!」


 春香さんの言葉にこたえるように鳴いたスイは、尾羽の先から緑色のけむりのようになって翡翠に吸い込まれていく。

 あまりのことにポカンとしていると、今度は「出て来てちょうだい」とお願いする春香さん。

 するとさっきの逆再生のように、彼女の指にスイがまたちょこんと乗った。


「……」


 驚きすぎると声が出ないって本当なんだね。

 なんて言っていいのかわからないのもあって、私は食い入るようにスイを見ることしかできなかった。


「ピピ!」


 石に吸い込まれるところを見ていなければ、やっぱりただの小鳥にしか見えないスイ。

 うれしそうに鳴きながらまた私の方へ飛んできたから思わず手を出すと、器用に私の指に止まってくれる。


『わかった? 見ての通りわたしはハルカの護り石の翡翠なの。もとが石だから、こうしてふれれば石の声を聞く人と話せるのよ!』

「あ、そっか。そういうことね」


 まだビックリしてるけど、とりあえずスイの言葉が聞こえた理由はわかった。

 どおりでリオくんやオウちゃんと同じ感じで声が聞こえたんだ。


『護り石から石の精を具現化ぐげんかできるのがハルカの力なの。すごいでしょう?』

「具現化?」

「あら、もしかしてスイが説明してくれてるのかしら?」

「あ、はい。……石の精を具現化するのが春香さんの力だって」


 私とスイを見比べてほほ笑む春香さん。

 隣の永遠はなんだか不思議そうな顔をしてる。


「……本当に会話ができるんだな」

「うん、もとが石だからふれれば話せるんだって」


 スイの言ったことをそのま伝えると、永遠は「へぇ……」って感心したみたいに相づちを打った。

 そしてこぼれ落ちたようにポツリとなにかをつぶやく。


「……小鳥と会話してる要芽って……かわいい」

「え? なに?」

「え? あ、いや! なんでもねぇよ!」


 最後がちゃんと聞こえなくて聞き返したら、そっぽを向かれた。

 ちょっと耳が赤い。


 普通に接してくれるようになったと思ったのに、また変な態度を取られてちょっとムッとする。

 でも、そんな永遠の様子を見て春香さんは「春ねぇ……」なんて言ってほほ笑んでいるから、私はなにが? って感じに首をかしげることしかできなかった。


『青春だねぇ』


 スイまでなにか言ってるし……。

 よくわからないから、私は話を進めるよううながしてみる。


「えっと、とにかくスイは春花さんの持っている翡翠の石の精で、石の精を具現化させるのが春花さんの力ってことなんですよね?」

「そうよ」


 うなずいた春香さんは、目に真剣さを戻した。


「私にははらう力や石の声を聞く力はないけれど、石の力を引き出して具現化することができるわ。そしてその具現化した石の精は、持ち主を守る存在になってくれるの」

「あ、それが強化ですか?」


 ピンときて確認すると深くうなずかれた。


「ええ。要芽ちゃんはもう自分の護り石を持っているんでしょう? その石の力を引き出そうと思って」


 理解した私はスイを春香さんに返して、ポケットからリオくんを取り出す。

 両手に乗せて見せると、春香さんは少し驚いた顔をした。


「すごい、見ただけでもパワーのある石だってわかるわ。きっと最強の護りになる」


 貸してもらえる? って手を出されたから、私は素直にリオくんを渡す。

 大事にゆっくり受け取った春花さんは、両手でリオくんを包みこんで目を閉じた。


 スゥッと、なんとなく春花さんの雰囲気が変わった気がした。

 声をかけちゃいけないような、緊張感のある雰囲気。


 思わずゴクリとつばを飲み込んだら、さっきのスイと同じような煙が春香さんの手から抜け出してくる。

 今度は緑じゃなくて白い煙だったけど。


 その煙が形を整えていくと、永遠が驚いた声を上げた。


「えっ!? 人型!?」


 そう、石の精としてのリオくんの姿は人型だった。

 煙がどんどん生きているものの質感しつかんになってく。

 手足が肌色になって、サラサラな銀色の髪がれる。

 意志の強そうな目は黒水晶と同じ黒。


 煙がなくなるころには、私と同じくらいの年ごろの男の子がいた。

 少し長めの銀髪をもつキリッとした和風顔のイケメンは、自分の体を見回しながら満足そうにうなずく。


「すごいな。でも確かにこれならカナメを守りやすい」


 その声は確かにリオくんを持っているときに頭に響くものと同じ。


 でも石の精はふれないと声が聞こえないんじゃ無かったっけ?

 スイはさわらないと声が聞こえなかったのに。


 あ、でも鳥の鳴き声は普通に聞こえていたからおかしくはないのかな?


 自分で答えを見つけつつもビックリする私。

 この家に来てから驚くことばっかりだよ。


 でも驚いてるのは私だけじゃなかったみたい。

 永遠ももちろん、春花さんも呆然ぼうぜんとした様子でリオくんを見ていた。


「……人の姿になる石の精は初めて見たわ」


 驚きの言葉を口にした春花さん。

 でもそこは大人だからかな?

 すぐに気を取り直して冷静になる。


「思っていた以上に強い守りになったみたいね。驚いたけれど……いいことだわ」


 優しいほほ笑みで黒水晶を返してくれる。

 私はその黒水晶のリオくんと石の精として人の姿になったリオくんを見比べた。


「本当にリオくん……なんだよね?」


 確信はしてるけど、それでもまだ不思議で問いかけた。

 すると人の姿のリオくんはひざをついて座っている私と目線を合わせてくれる。


「そうだよ。あくまで本体は水晶の方だけれど、意志はこの人型にあるみたいな感じだな」


 そして凛々りりしい顔に優しいほほ笑みを浮かべて、頭をポンポンとしてくれた。


「これでもっと自由に動けるし、色んな場面でカナメを守りやすくなったよ」

「そ、そう?」


 カッコイイ男の子の姿で優しくされてちょっとドキドキしちゃう。

 でもなんていうか、知らない男の子っていうよりもっと近い感じ。

 お兄ちゃんとかいたらこんな感じなのかな? って思う。


「……ちょっと、近くないか?」

「へ?」


 私とリオくんのやり取りをだまって見ていた永遠が不機嫌そうにつぶやいた。

 見ると表情もムスッとしている。

 それを見たリオくんはフッと笑って私の頭をまたポンポンと軽くたたいた。


「気にしなくていいよ、子どもらしい嫉妬しっとだ」

「嫉妬? 誰に?」


 というかリオくん。

 子どもの姿で永遠を子どもあつかいする言葉を口にされても……。


「それより、オウも石の精として具現化してもらってくれないか?」

「オウちゃんも?」


 なんとも言えない気分になったけど、指摘してきされてそういえばオウちゃんにふれてなかったなって思い出す。


「守りは多い方がいいし……なによりさっきから『わたしも!』ってうるさいから」

「え? そうなの?」


 急いで左ポケットに手を入れてトパーズのオウちゃんにふれてみる。


『うるさいってなによ! リオくんばっかりズルい! わたしもカナメちゃんとふれ合いたいもん!』


 プンスコと怒っていた。


 私はオウちゃんをポケットから取り出して苦笑い。


「あはは……そうだね。私もオウちゃんがどんなふうに具現化するのか気になるし」


 黒水晶を右ポケットに戻して、私は優しく見守ってくれていた春花さんにオウちゃんを差し出す。


「この子もお願いしていいですか?」

「ええ、もちろんよ。信頼関係がきずけているのなら良い護り石になるから」


 受け取ってくれた春花さんは、さっそくオウちゃんの指輪を手の中に閉じ込めた。

 みんなが見守る中、手の中からオレンジ色の煙が出てくる。

 さすがにリオくんみたいな人型にはならないのか、煙は四つ足の動物の姿をとる。


 なんの動物かなぁ? ってワクワクしていると、オレンジに近い明るい薄茶色の毛並みが見えた。

 三角の耳がふるっとふるえて、長いしっぽがゆらりと動く。


「ミャーァ」


 石の精として具現化したオウちゃんは、明るい薄茶色の毛並みのネコになっていた。


「へぇ、オウはネコか」


 感心するリオくんの隣で、私は思わずプルプルと震える。


 ね、ネコ……。


「ミャァォン」


 ネコの姿になったオウちゃんは座っている私のひざに頭をこすりつけてきた。


『わたしの姿どう? カナメちゃん、ネコ好きだったよね?』

「う、うん……でも、私ネコアレルギーで……」

『知ってる! だから飼えないしさわれないって言ってたもんね。でもわたしなら大丈夫だよ! あくまで石の精だし、本物のネコみたいに毛が飛んだりとかしないもん!』

「じゃ、じゃあぎゅーっとしても大丈夫なの?」

『うん!』


 うそ、本当にいいの?

 私が、ネコちゃんをギューッとしても。


 うっかりさわったら手がかゆくなるし、ちょっと長めに近くにいるだけで目がかゆくなって鼻水がすごいことになっちゃうのに……。


 恐る恐るオウちゃんの頭やのどをなでてみる。

 ゴロゴロってのどを鳴らして気持ちよさそうに目を細くする様子に、私はえられずオウちゃんを抱っこした。


「かっ……かっわいいぃー!」


 もふもふで、やわらかくて、とってもかわいい!


 石以外でも私が好きなものの中でネコはダントツだった。

 でも、ネコアレルギーがあるから写真を見るだけでガマンしてたのに……。


 アレルギー気にしないでこんなにさわれるなんて!


「ニャァーン」

『いっぱいギュッてしていいよ! カナメちゃんとふれ合えてうれしい!』

「私もうれしい! ありがとうオウちゃん!」


 そうして私は初めてのネコちゃんを堪能たんのうしたんだ。

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