第7話 星野咲月

 星野咲月ほしの さつきは僕の数少ない女友達の1人だ。


 咲月とは中学1年のときに知り合って、高校も一緒で、今に至るまでたまに遊びに出かけるという仲だった。


 いわゆる腐れ縁というやつに分類されると僕は思う。


 何故未だにつるんでいるのか自分でも分からない。

 基本的に僕が彼女を遊びに誘うことはなく、いつも彼女から誘われて遊ぼくことが多いからだ。


 本人には言うつもりがないが、僕と遊ぶくらいだったら、もっといい男とどこかに出かけたほうがいいんじゃないかといつも思う。


「お前今なにか失礼なこと考えなかったか?」


 咲月が呆れたような顔僕に問う。


「いや、なにも」


 僕はすました顔でそれに答える。

 彼女は溜め息をついた後、まぁいいかと言って居酒屋の扉を開けた。


「いらっしゃいませー。ご予約はされていますか?」


 店内から女性の店員が出てきて、僕たちに問いかける。


「8時から予約していた桜庭です」


「確認いたします……あぁ、2名でご予約の 様ですね! 奥の席へどうぞ」


 そう言って、僕が訂正しようとするよりも先に店員の女性は僕たちを席へ案内する。


 隣を見ると、咲月がニヤニヤした笑みを浮かべながら僕を見ていた。


「何か面白いことでも?」


「いや、何も。じゃあ、行こうぜ。桜庭帯人さくらば たいとさん」


 彼女は含みをもたせたような言い方をする。


「……僕帰っていいかな?」

「ごめんごめん。悪かったって! そんなムスッとした顔すんなよ!」


 彼女はケラケラと笑いながら僕を小突く。

 その様子を見ていると、僕はどうでも良くなってきた。


「仕方ないよ。普通に読んだら帯人はオビトじゃなくてタイトになる。


 フルネームで自分の名前を記入して呼ばれる際、いつも僕はオビトではなくタイトで呼ばれる。

 僕も小さい頃はそれがたまらなく嫌だったが、この歳になると流石に慣れた。




(いや、待てよ。おかしくないか?)


 僕の脳裏に一つの疑問が浮かぶ。


 何故、シロと名乗る女性は僕の名前を一発で言い当てられたのか。


 真田さんが設定した、マッチングアプリのユーザーネームは本名の桜庭帯人。

 そこにフリガナをふっているわけではないので、一発で名前を当てるのは無理ではないけれども至難の業だと思う。


 もちろん、たまたまという可能性もある。

 だが、今までの経験上、フリガナなしの名前を一発で言い当てられた人物はごく僅かだ。


 そんな一発で言い当てるほどの貴重な人材をこのタイミングで発掘したのだろうか。


 それに、あのマッチングアプリのアカウントは非公開なのにもかかわらず、シロは何故か僕とマッチングすることが出来た。


 これは果たして偶然なのか。


 もしかすると、そのシロという人物は、僕の身の回りもしくは僕と面識がある人物なのではないだろうか。

 だとしたら一体誰が――。



「おーい、桜庭。聞こえてる?」


 声をかけられ、ハッとして現実世界に戻る。

 咲月を見ると、心配そうに僕を見つめていた。


「どうした? 体調でも悪い?」


「ごめん、ちょっと考え事してた」


「またぁ? もーしっかりしてくれよ」


「ごめんごめん」


 そう言って、僕たちは店員の後を追いかけ、席へ向かう。

 そして、僕と咲月はカウンター席につく。


「今日ほんっと大変だったんだぜ? 本来ならシフト入ってないのに急に店長から呼ばれてさー。もうヤになっちゃう」


 咲月はやれやれといった調子で言う。


 彼女は家の近くのドラッグストアでアルバイトをしている。

 僕が大学に入ってからちょうど始めたので、もう3年になるんじゃないだろうか。


「大変だったね」


「ほんっとだよ全く。だからさ今日は色々忘れるためにパーッと飲みたくてさ。桜庭には来てくれて感謝してるよ」


 咲月はニッと白い歯を見せて屈託のない笑みを浮かべる。

 彼女の笑みを見ていると僕も来てよかったなと言う気分になる。


「お役に立ててる何よりだよ」


「おう! んで、何頼む? 私レモンサワー飲みたい!」


「じゃあ僕もそれで」


「食べ物も私が適当に頼んでいいか?」


「そこら辺は任せるよ」


「分かった!」


 そう言って、彼女はメニュー表を開き、目を輝かせながら楽しそうに品書きを見つめる。

 そして、しばらく経った後、店員を呼んで注文をしていた。


 基本、あまり飲みの場が好きではない僕だったが、楽しそうにしている彼女を見ていると、たまにはこういうのもいいなと思った。

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