第3話 マッチングアプリのススメ

「オビちゃん今すごく辛気臭い顔になってるよ」


 真田さんに声をかけられてハッとする。

 どうやら僕はこの数秒の間に思考の海を彷徨っていたようだ。


 真田さんは心配そうにこちらを覗き込んでいた。


「すみません、考え事してました」


「どうせロクでもないこと考えてたんでしょ。自虐ネタなんて痛いだけで、今どき流行らないって」


 この人には頭が上がらないな。

 僕は思わず苦笑してしまう。


「まぁ、この話はまた今度するとして。オビちゃん誕生日いつ?」


「え? いや、7月7日ですけど……って、なんでそんなこと聞くんですか」


「OK、7月7日ねー。そう言えば七夕だったね誕生日」


 そう言って、真田さんは僕の質問に答えず、僕のスマホを何やら操作している。

 人の携帯で一体彼は何をしているのだろうか……。


「真田さん、もう画像は十分見たでしょう? そろそろ僕の携帯返してくださいよ」


「ところで、オビちゃんはその子が女の子と付き合ったことの何が嫌なの?」


 強引に話題を変えてきた。

 真田さんが、どうしてそこまでして話を逸らしたいのかは分からないが、彼の質問に答える。


「さっきも言いましたけど、その子が付き合った相手は僕の友達の元カノなんです」


「つまり、顔見知りがそういう関係になってるのが嫌ってこと?」


「いや、そういうわけではないんですよね」


「じゃあ、なんで?」


「単純に僕がそいつのこと嫌いだからです」


 そうだ、僕はあいつの事が嫌いだ。

 これは紛れもない僕の本心。


「僕は別に同性であっても、本当に2人が愛し合っているのであればいいと思っています。ですが、僕は彼女――クロハちゃんには幸せになって欲しいんです。でも、水嶋さんと付き合ったとして、幸せになるビジョンが見えない。出来れば今すぐ別れて、もっと別の良い人と付き合って欲しいです」


 言い終わった後に真田さんの方を見ると、真田さんは物珍しそうに僕を見ていた。


「なんですか? 僕の顔に何かついてます?」


「いや、オビちゃんがそこまで言うの初めて見たなぁって。一体ソイツは何をやったらオビちゃんにそこまで言わせるんだろうね」


「聞きます?」


「いや、いい。さっきからオビちゃんプルプル小刻みに震えてるからなんか怖いし」


 真田さんにそう言われて、自分がそのような状態になっていたことに初めて気づく。


「まっ、何があったのかは知らないけど、人間誰しも心から憎い相手なんて一人や二人いるもんだからさ。そういうやつは無関心でいこうぜ」


「真田さんにもいるんですか? そういう人」


「俺は聖人君子じゃないんだ。いるよ。俺にだって」


 真田さんは笑って答える。

 だが、そのときの真田さんは笑みの中にいつもより憂いを帯びた表情をしていた。


「てか、そろそろ僕のスマホ返してくれません?」


「うーん、あとちょっと。あっ、血液型何型?」


「Aです」


 真田さんは一向に僕の携帯を返さない。

 僕の携帯には、特に物珍しいものも入っていないはずなのに。


「よし! 終わった!」


 真田さんがは何かをやり終えたようで、「疲れたー」と体を伸ばして達成感をあらわにしていた。


「人の携帯で一体何やってたんですか?」


「えっ? マッチングアプリインストールしてた」


「僕の携帯で何やってんですかアンタ!?」


 真田さんはさも当然のような顔で答えるが、本当に他人ひとの携帯で何をしているんだろうかこの人は。


「いやでも、なんかマッチングアプリって怖いイメージあるじゃないですか。

 現に僕の知り合い、マッチングアプリで知り合った女の子の勧誘で、マルチに引っかかったりしましたよ?」


「それは特殊な例だから気にしなくてよろしい。てか、会う前に事前に俺がプロフィールとかチェックするからそこんとこは安心して。なんたって俺はプロですから」


 真田さんはよくマッチングアプリで出会った女の子と一緒に遊んできたという話を僕にする。


 だから、真田さんを頼ればトラブルに巻き込まれるリスクは減るだろう。

 それに、彼には人を見る目があると僕は思っている。


 でも、どういうわけか僕はアプリを使うことに強い抵抗があった。

 言葉では言い表せない強い不安のようなものが心の中で渦巻いていた。


「それ消してもいいですか?」


「ダメだよ~。せっかく俺が完璧なプロフィールに仕上げようとしてるのに」


 真田さんは不満そうにこちらを見る。

 そして、「ちょっと真面目な話しよっか」と真剣な顔になる。


「オビちゃんはさ。多分その子が今までずっと好きだったんだろうけどもう付き合ったじゃん。これからどうするの?」


「どうするって……それは……」


 僕はそれ以降の言葉が詰まって黙り込んでしまう。

 言葉を紡ごうとするが、何も言い出すことができない。


「その子がさ、もしすぐに別れた場合、オビちゃんにもチャンスがあるかもしれない。だけど、その子が本当に男じゃなくて女の子しか愛せないとしたら――オビちゃん勝ち目ないよ?」


 真田さんの言葉が僕に重くのしかかる。

 彼の言っていることは紛れもない事実だ。


「んで、これはまだ良い方のパターン。なんだかんだチャンスはあるかもだし、告白できるような状況が整ってるしね。それに玉砕したほうがオビちゃんの今後のためになると思うからさ」


「それで悪い方のパターンだけど、その子が今後十年、数十年とその嫌いな子と付き合い続けた場合。オビちゃんの性格上、略奪なんていう高等テクが使えるとも思えないからさ。オビちゃんはずっとその子のことを思い続けて、誰とも付き合わず、その後の人生を送りそうな気がするんだよね――言っちゃ悪いけど、片思いもそこまで拗らせればビョーキだぜ?」


 真田さんは僕の心を見透かしたように話す。

 僕は何も言い返す事ができなかった。







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