ルキリア編
ルキリアの好きな桃
先代の女王ルキアによりふるわれた破壊の女王の能力。女王不在の今、
毎日が大嵐のような状態の
「李空の作るタルトは最強!」
嬉しそうに、ルキリアは口一杯に桃のタルトを頬張っている。
李空が作った色とりどりの、いろいろな種類のキラキラしたケーキやタルト達が並ぶテーブルを囲んでいるのは、いつまでたっても仲睦まじい夫婦のルキリアと李空である。
「ルキリアはやっぱり甘い果物をのせたタルトが好きみたいだな」
「李空が作ってくれるのは全部好き~」
食べ掛けのタルトが残っているなか、ルキリアは新しいケーキに手をつけては口一杯に頬張ると別の新しいケーキに目が移ってしまう。
李空も李空で、そんな行儀の悪いことを完全に許している。どうせここには自分達しかいないし、マナーを気にする相手など滅多に来ないのだから…李空もフォークを手に持ち、ルキリアがつついた後のケーキやタルトに手を伸ばした。
「この桃のタルトは、もう少し甘い方がルキリアの好みか…」
食べながら、李空はルキリアの好みを考えながら味を分析する。長い時間、ずっと眠っていたルキリアがやっと起きて自分を見てくれるのだから…李空は腕によりをかけてルキリアの好きなものを作った。
「そう言えば
いつもの“李空”という呼び方ではなく“クー”と呼んだルキリア。
フォークを適当な皿の上に置いて、ルキリアは懐かしそうに李空の中の“クーファッシュ”を見ていた。
「そんなこともあったな…
李空は愛おしそうに最愛のルキリアに手を伸ばして頭を撫でたかと思うと、甘えるようにルキリアを抱き締めていた。
ルキアがオリジナルのルキアの記憶を見れるように、ルキリアもオリジナルのルキリアの記憶を見ることができる。
この能力は女王の能力ではなく、オリジナルの頃の生まれついたものだ。まだ魔族が存在し、魔王がこの暗闇の星を統治していた時代…太陽村の起源である魔族のおじいさまと島の人間だったおばあさま。
島で数少ない上位の位を持っていた、
ーーー「こんな思いをするのは自分達だけでいい…」
そんな思いから生まれた記憶を引き継ぐ能力。肉体が老いて代わっても、神巫女だった頃の重要事項などの記憶に始まり、思い出などの記憶も引き継がれるものだ。
だからこそ、自分達はオリジナルの記憶を引き出して女王の執務をこなしたり、お城の中で迷子になったりしないで済む。だがこれも、オリジナルの遺伝子を色濃く受け継いでいて、なおかつ記憶を引き出せる者に限られる。
代を重ねるごとに遺伝子も能力も薄れてきていて、今では記憶の引き継ぎに失敗することも多くなっている。最近で言えばリオンだった。
クーファッシュも、記憶を引き継ぐようになっているらしい。女王だった頃に李空に聞いたことがある…でも、詳しいことは教えてはくれなかった。
ーーー
☆☆☆
これは、オリジナルのルキリアの記憶。クーファッシュと一緒に過ごした大切な時間。
村の皆には絶対に内緒の会瀬であり、まだクーファッシュに魔族の領土に連れて行かれる前の頃。
太陽村の近くにある、魔族の領土との間にある湖。この村の長のひ孫であるルキリアはまだ幼い赤子である従妹のルキアを抱っこして来ていた。
「今日も、魔族への捧げ物の話…」
村はまた、その時期である。大人達は今期もいつものように揉めていた。
いつも優しい村の大人達は、この時期は特にピリピリと神経を尖らせて…この村の長であるおじいさまも、いつも以上に顔のシワが増えているように思う。
「大人達は魔族を敵視してる…でも、ルキアにはそんな風に思ってほしくない」
湖のすぐ前に来るとルキリアは自分の靴を脱ぐと湖に足を入れて、水と少し遊んでから草の地面に座った。
「ルキア、この湖は綺麗でしょ?」
抱っこしているルキアに見えるようにルキリアは湖を見せる。少ししてからルキリアはルキアに微笑むと、抱っこし直した。
ルキリアが湖の水と足で戯れていると、風が吹いて木々が揺れた。ルキリアの長く綺麗な黒い髪が風によって容赦なく巻き上げられる。
「もう、クー!!」
風に飛ばされないように、ルキリアは必死にルキアを守るように強く抱き締めていた。おかげで髪や服が容赦なく乱れてしかたない。それもこれも、隣に降り立った空色の似合う青年…魔族であるクーファッシュ・イブリースのせいだ。
彼との出会いはもう4年前になる。この湖で遊んでいたところに、彼は大きな大きな魔族の姿で現れた。
「ルキリア、今日も会えて嬉しい」
そう言う彼をじとっとした目で見上げ、ルキリアは呆れたようにため息をついた。これで何回目だろう…否、出会ってから毎日である。ただ人間の姿になってくれるようになったのだけは彼の成長ではある。
初対面のインパクトに比べたらとてもマシだ。喰われると恐怖した8才の頃の自分は、悲鳴を上げることを忘れていたほどだった。なんなら失神していたくらいでもある。
「クーファッシュ、いい加減、もう少し大人しく来れないの?」
「大人しく?ルキリアの言う通り人間の姿でいるのに、まだおれに文句があると?」
あるに決まっている。この状況で無いと思っているクーファッシュに言いたい文句はたくさんある。
ルキリアはまだまだクーファッシュに教えなければならないことがあると思うと気が滅入るばかりだ。
「ところでルキリア、その子供はおれが喰べてもいい人間ですか?」
ジロジロと綺麗な空色の瞳は獲物を襲おうとするようにルキアを見ていたかと思うと、クーファッシュはいきなりそんなことを聞いてきた。
ルキアを喰べていいわけがない。ここでも魔族と人間の喰う喰われる関係の話をしなければならないのかと、ルキリアは頭にきて大声で言った。
「ダメ!この子は絶対に喰べちゃダメ!!」
そんな目でルキアを見ないでほしい。ルキリアはクーファッシュからルキアを隠すように背を向けた。
すると何を思ったのか、クーファッシュはまるで母親に叱られたようにシュンとしたかと思うとルキリアの傍に許しを乞うように座った。
「分かりましたルキリア。その人間は絶対に喰べないと約束します」
「約束よ?この子は私の従妹のルキア」
まるで子供や弟に言い聞かせるようにルキリアは言う。クーファッシュと出会ってから、どうしてかこんな関係に落ち着いてしまった。
とても不思議な関係だとルキリアはいつも思う。
「クーファッシュって魔族の中でも変わってるの?」
「そうですか?同族からどう思われていようと気にしたことはありませんが…」
不思議そうに言うクーファッシュは、やっぱり自分とは考え方が違うらしいとルキリアは思う。どこまでも我が道を行き、(ルキリア限定で)行動力がありすぎる…そんな格好かわいいクーファッシュに惹かれたのは必然だろうか。
実は初めてクーファッシュと出会った時に気絶したルキリアをクーファッシュはたまたま近くにいたおばあさまに引き渡した。それからも、何故かおばあさまと一緒に3人で数回にわたり湖で会うことになったのはまた別の記憶だ。
「本当にクーは…」
ーーー私とは違う考え方をしている
そう思い、ルキリアはふと湖の先にある魔王の城の方を見た。
それから再び視線を抱っこしていたルキアに落とし、それからクーファッシュに微笑みかけた。
「クー私ね、そんなあなたも大好きなの」
ただ真っ直ぐに、ルキリアは嬉しそうにクーファッシュに自分の思いを告げていた。
そんなルキリアに、クーファッシュも嬉しそうに目を細めて自分の大事なルキリアの少しだけ赤く染まる頬に触れるだけの可愛らしいキスを落とした。
☆☆☆
今度は白桃のケーキを堪能しているルキリアに、まだ飽きずに抱き付いているのは李空だ。そんな李空にほんの少しだけ鬱陶しいと思いながらも、ルキリアは食べていたケーキをまたフォークで取ると李空の目の前に差し出した。
「桃はお店に売ってるのよりもクーの所の木になってるのが一番甘くて好きー」
ルキリアから食べさせてもらうケーキはとてもとても美味しい。李空は今以上に笑顔になると、ルキリアを強く抱き締めた手をいつの間にか離していた。
「今からおれの寝床に取りに行ってくる」
すでに体の一部を魔族化させて、李空はそのまま飛び立って行ってしまっていた…“待って”とルキリアが止めようとした時にはもう遅く、その声は李空に届かなかった。
今は“李空”のはずなのに…時々とてもクーファッシュみたいになることがある。クーファッシュの記憶があって李空はクーファッシュだと理解しているけれど…とも思うし、昔から続くあの行動力に、今でも頭を抱えることになるなんて…そういろいろなことを考えて、ルキリアは笑ってしまう。
「李空、私ね…そんなあなたも大好きなの」
オリジナルのルキリアが言った言葉を思い出しながら、そう呟いてルキリアは李空が帰ってくるのを待つことにした。マジシャンに生まれた今の自分でも、魔族化を使う李空についていくなんてできないから。
今度はどんなに美味しいタルトを作ってくれるのだろう…魔王の城の
早く李空が帰ってきますように…ルキリアはフォークを持ち直して、テーブルの上の残りのタルトやケーキを堪能したのだった。
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