第三話

 あれからまた数週間の時間がたった。そんなとある日、魔王の城のルキアの部屋からは魔族の彼を叱る魔族の男の声が城中に響き渡っていた。


「いい加減にしろ。ルキアは倒れるほど疲れている」


「僕がルキアと過ごす時間を邪魔するな。それに、僕はお前とルキリアの時間を邪魔したことはないはずだが?」


「それとこれとは別の話しだ。こんなことだとエヴィルにルキアを返すぞ」


 ベッドの上で寝ているルキアは苦しいながらも目を開けて彼らを見ていた。あれだけ大きな声なのに、熱が出ているルキアの耳には彼らの話している内容があまり理解できていない。どうしてこんな事になったかというと、すべてはきっと“魔族の彼”が全面的に悪いと思う。

 そう思いながらもルキアは目を開けていられず、重いまぶたを閉じていた。そして、半分意識が寝ている中で、まるで悪夢のように今までのことを思い出していた。


 ーーーお願いだから、もう少し静かに寝かせてほしいとも思う…


 ルキアの魔族への捧げ物になってからの時間は、まるで地獄を連れ回されるようだった。10日前までは魔族の彼は人間の姿で部屋の中にいきなり現れたかと思うと、無理矢理に手を引かれてベランダから外に出ると、彼の魔王の城の綺麗にととのえられた庭を数日連れ回されていた。


『ルキア、僕と庭を散歩しよう』


『へ…?(この魔族、本当に何がしたいの?)』


 次は大自然豊かすぎる魔族の領土を“魔族の姿”の彼の口に咥えられて空中飛行し、あの広大すぎる魔族の領土を彼はたった3日で回ってしまった。


『この僕が直々にルキアに魔族の領土を案内してやろう』


『(いや、どこ行くの!?え?いや、たべ、喰べられる!?)ぃぎゃーーーーー!!』


 この間、城には帰ってきていないし…休む時はさすがに地上には下りてくれたが、魔族の大きな腕に囲われて休めと言われても恐怖でまともに休めなかった。


『今日はもう休むといい。明日は北側を飛んでやろう』


(いや、無理です!!行きたくいないです!!)


 やっと城に帰ってきたかと思うと、ルキアは倒れるようにして数日眠った。その間も彼は毎日のようにルキアの部屋に来たらしいが、つい先ほど目を覚ました自分に彼は“相手をしてくれなくてつまらなかった”と文句を言われた気がする。

 そもそも、疲れ切っているルキアにとってそんことは知ったことではない。

 やっと起きられたルキアは自分の体力の限界を感じているにも関わらず、動けないことをいいことに…またいつものように彼はルキアを連れ出そうとしていた。


『そんなルキアをどこに連れていくつもりだ?』


をどこに連れて行こうと、僕の勝手だろう?』


『ルキリアが大切にしていたルキアをそれ以上乱暴に扱うなら、おれも黙ってはいられない』


 ということがあり、冒頭に繋がる。嫌な記憶を思い出していたルキアは途中から完全に寝ていて悪夢にさらにうなされていた。

 あの後、彼らがどうなったかなんて知らない。



 魔王の城にある中庭。ルキアは1人で、綺麗に咲き誇る名前も知らない花々に囲まれていた。

 先程まで魔族の男達の声に悩まされていたはずだが…おそらくこれは、夢を見ているのだろう。


「ルキリア、きっと私も近いうちにあなたのところに逝くと思う…」


 毎日、考えないことはない。自分が魔族への犠であることを…いつ、私はあの魔族の男の機嫌を損ねて喰べられるのだろうか。


「っ、ルキリア…ルキリアッ…!」


 夢の中ここにもいない、年の離れたルキリアに“助けて”と言わずにはいられない。

 おじいさまに心配されないように格好をつけて自分から魔族の犠になると言った。でも、本当は魔族に喰われて死ぬ準備なんて、できているわけがない。

 それに、魔王の城に来てから魔族のすることがまったく理解できなくて、とてもとても恐怖を感じることしかできない。

 いつの間にか、ルキアの目には涙が溢れてポタポタと下に落ちていっていた。






 ルキアの熱が引いてから、また数日が過ぎていた。

 部屋の中で椅子に座り、今日もまた魔族の彼が来るのかと思うと気がめいる。

 一昨日の事だ。やっと熱の下がったルキアを、魔族の彼は何を思ったのか…部屋の中にいきなり現れたかと驚いていると、魔王の城のまだ行ったことの無い場所を引っ張り回された。そのまた次の日はベランダから現れ、髪のセットが終わっていないにも関わらずに城の上空を連れ回された。

 それも何故か、ずっと“お姫様だっこ”でだった。


「ルキア!」


“また来た!!”とびくりとして、ルキアはソファーの後ろに回りながら隠れ、恐る恐る魔族の彼こと“魔王 ヴァイス”を見上げた。

 彼の名前は、何かとヴァイスの横暴から守ってくれるもう1人の魔族に教えてもらった。

 いきなり部屋の中に現れたヴァイスのすぐ後に、ちゃんと部屋のドアを開けて中に入ってきた彼の名前はクーファッシュというらしい。


「ヴァイス、いい加減にルキアを毎日のように連れ回すのはやめろ」


「またお前は僕とルキアの邪魔を…今度は何なんだ!?」


 また、繰り返される終わりの見えない彼らの会話が始まった。

 クーファッシュが言うことをヴァイスはまったく理解してくれない。それどころかヴァイスは魔族の頂点に君臨する魔王ゆえか、自分の思い通りにならないとすぐキレる性格をしているらしく…ルキアは、だんだんとヴァイスが自分よりも子供のように見えてくるので恐ろしく困っているし、クーファッシュが“お兄ちゃん”として“弟”にすごく手をやいているようにも見えるのだから、こんなことを思っていると不敬を買って喰べられるのではないかと内心でものすごく焦っている。


「僕のルキアなんだから僕の好きにするのをどうして邪魔するんだ!?」


「だから、何度も言っている。ルキアは弱いからお前の基準で連れ回せばいずれ…まだ話しは終わっていない」


 ヴァイスはクーファッシュの言うことを最後まで聞かず、さっと音も無くルキアの後ろに移動すると軽々とルキアを抱き上げた。

 そのいきなりのヴァイスの行動に心臓が飛び出るほど驚かされたルキアは悲鳴を上げることしかできない。


「はぁ…魔王の仕事もたまってきている。ヴァイス、おれが言っている内にルキアにのをやめないとエヴィルがおれとお前を説教しに来ることになる」


「…っ!それは嫌だ!!」


 魔王が恐れる“エヴィル”という人。おそらく魔族だと思うが、いったいどういった人なのだろうか…ヴァイスはクーファッシュがエヴィルの名前を出すとちゃんと言うことを聞くようだった。


「いいか、クーファッシュ!絶対にエヴィルを呼ぶなよ!?くそっ、魔王の仕事を片付けてくる!」


 そう言ってヴァイスはルキアを空中に放して…バッと走っていったのか、部屋から消えた。

 そんな自分勝手なヴァイスにルキアが“え!?”と思った時にはもう、重力に逆らうことなんてできずに下へ体が落下していた。きっとこのまま落ちれば痛いに決まっている。


「あれほどルキアは弱いと言っているのに…」


 痛みを待っていると、ルキアは気が付けばクーファッシュの腕の中にいた。どうやら床に落ちる寸前に、助けてもらえたようだった。

 いつもいつもヴァイスとのことで彼に助けてもらい、お世話になってばかりだと思う。


「…ありがとう、ございます」


「礼など必要ない。おれはルキリアとの約束を果たしているだけだ」


 ーーールキリアとの、約束?


 ルキアがクーファッシュの発言が気になり聞こうと思った時には、もう自分の体はソファーの上に座っていた。それでいて素早く彼の手は離れて、背中を向けられていた。

 何処か、クーファッシュは誰も寄せ付けないような感じがする…そしてルキリアのことを聞いてはいけないような、彼らと話をするようになってそんな気がしているルキアは黙って部屋から出て行くクーファッシュの背中を見詰めることしかできなかった。




 すぐにキレるヴァイスはとても懐かしくて…それでいて、いつの間にかそんなあなたを“かわいい”と思う私がいた。

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