第一話
一瞬にして空の旅を終えて、魔王の城に連れて来られたルキアは数日をお城のどこかも分からない部屋で過ごしていた。この、人間とは比べ物にならないはずの大きさのはずの魔族に似つかわしくないサイズのお城にお部屋や家具達はこの魔族の領土で一番小さく弱いルキアを妙に安心させてくれている。
「今日こそは、外に出てみる?出てみたい?」
着替えを終えて、ルキアは部屋の中をぐるぐると歩き回ってはドアの前やベランダの前で時々足を止めていた。好奇心に任せて外に出てみたいと思うのに、でも外にはあの怖い魔族がいるはずだと体が本能的に拒否をしている…そう思うのに、心と体はちぐはぐで、また部屋の中をぐるぐるとしてはドアの前で足を止めてをずっと繰り返す。
「これ、押せば開く?」
すると、ルキアの足はベランダの前で突然止まり、ふらりと外がよく見えるガラスばりの扉に手をかけて開いていた…恐怖よりも好奇心が少し勝ったようで、気が付けばベランダに出ていた。
手摺に手をかけて少しだけ身を乗り出すように、この魔王の城に連れて来られてから初めて外を見たルキアはその光景にただただ驚いていた。
「きれい…」
空は村の湖から見ていた色と変わらない。それよりも一瞬にして目を奪われたのは、下に広がるカラフルな色達だ。村では見ることのない大きくて広い、左右対称な綺麗に整えられた庭…堂々と美しく咲き誇る名前も知らない花達はとてもとても綺麗だ。
もっと近くで見てみたい!あの大きな赤い花はなんていう名前の花なのだろう…あのキラキラ光る、たまに村に来る行商人から見せてもらったガラス細工みたいな花は本当に花なのか、青い色の花なんて見たことない…もう、気になって気になってしょうがない!
勢いのまま部屋を飛び出したルキアは誰にも会わずに城の外に出た。先程までベランダから見ていた庭を見つけて知らない花々を見て回り、気が付けば城の外壁近くまで来ていた。
ずっと昔からあるはずの魔王の城の壁などは古いとは感じないほど綺麗に管理されているのか…それとも、魔族が持つという黒の魔力の力でもはたらいているのか、とてもとても不思議なくらい美しいと思う。
「誰もいない…やっぱり、ルキリアはもういないのかな・・・・・」
これだけ歩き回ったのに、誰とも出会わないこの魔王の城はとても静かで寂しい。ルキアはふと現実に戻ったようにため息を付いた。ルキリアにも、できれば会いたかった。会えないのだと、頭では理解していた…それでも、“でも、もしも”と思ってしまう。きっと、自分も近いうちに魔族に喰われるのだろう。
それにしても、魔族にさえ会わないのはおかしなことではないだろうか。もうこの際、魔族でもいいから誰かに会いたいとさえ思う。それだけこの魔王の城に漂う空気は異常で、気が滅入ってしまう。
「うそ…このお城、湖とかあるの?」
もう城の中の部屋に戻ろうかと思っていたルキアの目の前には、城ではなく大きな湖が現れていた。
何処をどう来たのかなんて、実はもう憶えていない…だから適当に歩いていたルキアだが、まさか湖に辿り着くとはまったく思っていなかった。
自分の生まれ育った太陽村の近くにあった湖と似ていてるような、まだここに来てそんなに時間がたったわけでもないとも思うが、少し懐かしいような気がしてルキアはその湖へと近づき水の中を覗き込んだ。とても澄んでいて水草や不思議な色をした砂なんかも見える。もしかしたら、本当に湖の底が見えるくらいに透き通っているかもしれないくらい綺麗だ。
「いつもの湖より、ちょっと冷たいかも…」
湖の端にしゃがみ込み、ルキアは何の警戒もなく湖に手を突っ込んだ。それはいつもの湖でしていることで、魔族の領土の、それも魔王の城にあった湖ですることではきっとないはずなのに…ルキアは浅瀬にある宝石みたいな石が気になって更に手を伸ばした。
もう少し、と手を伸ばしていると…ルキアはバランスを崩して湖に頭から落ちることになる。やばいと思った時にはもう視界はぐるりと回り始めていた。
「……さいあく・・・・・」
頭からくるりと水に浸かった体も服も、とても冷たい。少し風が吹いただけで寒いとさえ感じるほどだ。綺麗な石は諦めよう…そして早く部屋に戻って着替えよう。そう思いながらルキアは立ち上がり、湖を出る。髪や服の水を絞り、周りを見回して戻る場所である魔王の城を探した。
「こんなところまで来るとは…城は気に入らないか?」
突然に聞こえた声は後ろからだった。今まで誰の気配もなかったはずなのに…誰にも出会わなかったはずなのに、誰?と思うより少し前に“恐怖”が体を支配する。そう、きっと後ろにいるのはこの星で一番最強で人間をエサとしか思っていない魔族しかいない。
この星で、一番最弱の種族である人間の本能がそれを告げている。
「どうした?フッ、僕が恐いのか?
まるで、格下を見下すように、嘲笑うかのように言われた言葉。その低い声は、何処か聞き覚えがあるようにも感じる。
だが、体が恐怖していて声の主を振り返ることも、逃げ出すこともできずにいる。そんな状態のルキアは自分の背中に、湖で濡れた水の冷たさよりも自分の冷や汗の方を強く感じていた。
ーーーもう、泣きたい・・・・・
否、きっともう自分は泣いている。
そんなルキアに近づいてくる気配は…何だか思っているのと違うような気がする。まったくと言っていいほど動くことも、呼吸さえもできる気のしないルキアの背後、すぐ横に立つ魔族はずっと笑っている。
「いつまで黙っているつもりだ?この僕が迎えに来てやったというのに、なあ?」
魔族が言う言葉の理解が追いつかない。この状況で理解なんてできるものか…ルキアはただただ見開きっぱなしの目の視界に入る真っ黒な塊の存在を認めて注視する。それは黒い、自分よりも背の高い…
てっきり、真上まで見上げなくてはならない大きな大きな魔族を思い浮かべていたルキアにとって予想外すぎる姿に、もうどうしていいのかまったくと言っていいほど分からない。
「まさかこの姿も気に入らないのか?わざわざクーファッシュに言われたとおりに下等な人間の姿をしたのにか!?」
何だかものすごく怒っている目の前の彼は怖い顔を更に近づけてくるし、それに人間にしては八重歯がギラリと尖りすぎていて大きすぎる、彼の存在に本能が怯えている…やはり、この目の前の彼が人間ではないと判断したルキアは必死に逃げようと後ろに下がるが、うまく体は動かずに足はもつれて小さな悲鳴を上げて尻餅をついた。
強く打ったおしりが痛い、なんて…そんなことを思っている余裕なんてない。早くここから逃げなければ、きっと無惨に喰べられてしまう。魔族の彼から急いで離れないといけない。
「そんなに怯えた顔をするな」
え…?と思った時には、何故か彼は自分の目の前に来ると片膝を付き、彼の手が自分の頬に触れていた。
ずっと溢れ出ている涙を、彼は頬に触れた手の親指で拭っている…こんな状況、驚きすぎて受け入れられるわけがない。そう思うのに、何故か…涙を拭われることが“嫌”ではない自分が心の何処かにいる気がしている。
恐怖なのか何なのか、またはまったく別の感情なのか…ぐちゃぐちゃにまざり合って理解できない感情にのまれて、ルキアは更に涙を溢れさせて気を失うしかなかった。
これが、魔族の頂点に君臨する魔王 ヴァイス・ファントム・イブリースとオリジナルのルキアの、初めての出逢いだった・・・・・
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