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頼りなく震える手と足と雨どい。老朽化した雨どいは日光雨風にさらされて色褪せ、以前登ったり下ったりした時のようなタフさは残っていなかった。そしてきっと、冷静さが欠如していた。高校生となった俺は当然の如く成長している。当たり前の話だが、それが頭からすっ飛んでいた。
ゆっくりと、ゆっくりと。なるべく下を見ないように努めそして、家の中にいる二人に音でバレないよう静かに降りる。
(落ちないでくださいよ……)
「分かってる!てか集中させろ、このままじゃ地面に強打して骨折れちまう」
そう呟いた瞬間、雨どいから足が抜ける。
「っ!!」
なんとか手で身体を支え、ずり落ちた足をもう一度、先ほどとは少し下の位置にかける。……あぶねぇ、ホントに落ちるとこだった……。
そうしてゆっくりとつたって行くと、ようやく地面に足が着き、なんとか両親にバレずに外へと出ることが出来た。――あとは車で
そうしてすぐ側に止まっている乗用車へと近づき、そっとマフラーの部分へと身を屈め、腕や腰に巻きつけたボロタオルを解いて手にする。
(ここまでくれば大丈夫、ですね)
(ああ。後はバレずに……)
――マフラーの部分にタオルを詰め込む。
ウミカが最初にこの案を言った時、なかなか正気を疑ったが、すぐにのった。もはやそうすることでしか彼らを止める術はないと思ったからだ。
誰から聞いたのか、それとも本やネットでそれを知ったのかは定かではないが、排気口であるマフラーに物を詰めると走れなくなる、という現象が存在する。これを使って警察は盗難車を足止めし、犯人を捕まえることがあるらしい。
とにかく、最悪あの事故までの時間を稼ぐことが出来れば、運命は好転するだろう。しかしこの方法で車内に一酸化炭素が充満する恐れ、またはエンジン部分に故障が起こって最悪、爆発……というシナリオは避けたい。そればかりは正直、運任せである。
マフラーにボロタオルを一枚ずつ、丸めて詰めていく。一枚、また一枚……
「ふぅ……これで、最後の一枚」
(なんとかバレずに済みそうですね……)
最後の一枚。丸めて、詰める。詰め終わった後、祈るような、またはここまでやり遂げた自分への満足感を抱いていたが、とにかくここを離れなくては……!!
そうしてリビングにいるはずである母にこの姿を見られぬよう、リビングにある大窓の死角へと滑り込むようにして、その場を離れた。
ここから部屋に戻るのはあまりにも不自然なので、そのままあの『黒点』を家の、勝手口や給湯器のある裏へと回った。日陰になっているからなのか、出たあぶら汗が冷えるからなのか、先ほどより体感温度は低く感じた。苔が生え、自宅周りを取り囲むフェンスの礎となっているブロックの余白に座り込む。
これで良い。これで、きっと……。
(これで、過去が変わると良いですね)
(ああ。……あとは、祈るばかりか)
(それにしても、今回はなかなか危なかったですね~)
(まあな。次から、無策のまま過去改変に乗り出すのは辞めにするよ)
(次……ですか)
(次……確かに、今のところ思いつくものはないな)
(……ま、そのうちありますよ。なんたって虹輝さんや海夏さんとの関係を、捻くれ者の青人さんが崩す可能性なんて、いくらでもありますからね!)
(やかましい……!絶対そんなことないからなっ!)
(はいはいですよ~……あ、そろそろリミットかもです)
「……了解」
ウミカとの束の間の会話を終え、空を眺める。先ほどとは少し違い、雲がなく見事な快晴になっている……と思ったのもも、それがここから見た一部の空であるということを理解するのに時間は掛からなかった。
先ほどまでこの世界を照らしていた太陽に、雲がかかったのだ。明るい世界に少し、影が出来た。……ん、あの点は……。
毎度お馴染み、『黒点』である。これがどうして改変の終わりを告げるものなのか、きっとこの先も知るよしはないだろう。そう考えながら俺は、黒点へと手を伸ばした。
***
「もしもーし」
「ん……おう、戻ってきた」
いつものようにソファから身体を起こし、空いた空間にウミカが座る。しばらくすれば今日のこの空間とはサヨナラだ。
「それにしても……改めてよく思いついたなぁウミカ」
「そうでしょう~!自分でも天才だと思いましたねぇ、ええ!」
「ま、天才とナントカは紙一重って言うしなぁー」
「馬鹿にしてますぅ!?てん・さいの方ですからねっ、わたしっ!!」
「はいはい……でも、本当に助かった。ありがとう」
「……!きゅ、急に紳士ぶらないでくださいっ!まったく……ほら、そろそろお帰りの時間ですよ」
そう言われて身体を見れば、今にも消えそうに透けるからだ。一息つき、最後にもう一度礼を言う。
「改めて、ありがとう。両親を救ってくれて」
「まったく……戻ってきちんと改変が出来ているか、確認してくださいよー?……きっとこれで――――――」
「え、今なんて――」
ウミカの最後の言葉を聞こうとしたが、間もなく視界が切り替わる。暖光に包まれた風呂場に換気口の音、そしてそこに湯船を張ったバスタブ。着衣をビシャビシャに濡らし、水滴を垂らしながら立ち尽くす自分。しかしそこにはなにか、今までのしかかっていた付き物が幾分か取れた、そんな感じがした。
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