9
9
「ちょっと~?いつまで寝てるんですか~?」
「ん……あ、ようウミカ」
「なーんか今日はいつもより多く寝てましたね……?」
「なんでだろうな」
見慣れたソファに白天井。ソファから起き上がり、その側で佇む青髪の少女を見る。その青い目が訝しむようにこちらを見つめるのにも、だいぶ慣れたものだ。両手には湯気がたつマグカップがあり、差し出された時は、なかなか物珍しいものを見たな、と感じた。それを感じ取ったのか、ウミカはさらに表情を険しくさせる。
「なんですか。私が気の一つも使えないヤツだと思ったら大間違いですからねっ」
「いや……ありがとう」
差し出されたマグカップを受け取り、口元に運ぶ。中身はコーヒー牛乳だ。一口飲むと俺が座っているソファにウミカが、よっこらしょ、と言って横に腰掛けた。そのままゆっくりと同じ中身が入ったマグカップを一口飲む。
虹輝との買い物を終えて俺は、夜になるまで軽くゲームをしたり、ゴールデンウィーク明けに提出する課題をしたり、昼間に描いていた絵の続きを描いたりしていた。そしてその夜に浴槽に浸かり、今に至る。
しばらくコーヒー牛乳をゆったりと飲む時間が続き、コーヒー牛乳が無くなったので目の前にあるリビングテーブルにマグカップをことり、と置くと、まだコーヒー牛乳を飲んでいるウミカが横目でこちらを見ながら話し始めた。
「それで、今日はどうしたんですか?過去改変ならすぐ出来ますけど……絵の参考にするのは、これで最後にしてくださいよー?面倒くさいので」
「……?絵の参考?おれ、ウミカの絵でも描いてたっけ?」
「……!!いや、なんでもないです。それよりっ!過去改変で、次はどこに?」
「あ、いやそうなんだが……ちょっと待ってくれ」
ウミカに背を向けて思わず口元に手を当てる。
海夏の過去改変で俺は何かを捨ててあの関係を継続させたはず……。そして今のウミカの反応。過去改変前の俺は、ウミカの絵を描いていたのか?……ダメだ、思い出せない。
後ろでウミカがおーいだの、もしもーしだの言っている。さすがに無視するわけにもいかないので、ひとまずもう一度ウミカに向き直る。
「急に考えだして……どうしたんですか?あ、もしや今日のウミカちゃんの違いに、気づきました~?」
「すまん興味無いし気づかんかった」
「なんでそんな食い気味に言うんですかっ!?……はぁ、全くこれだから非モテ大学生は……いいですか?ほらここ!貝殻のアクセサリーですよ!」
ウミカが右手首を左手の人差し指でさす。見れば貝殻だけで作られたブレスレットが着けられている。
「これ、青人さんと海夏さんが行った海岸にあった貝殻を、こっちの世界に持ってきて作ったんです!どうです?よく出来てるでしょ~」
「……そんなこと出来るんだな、お前。ちょっとビックリだわ」
「だーかーらっ、ウミカ、ですっ!お前とかアンタとか、次言ったら返事しませんからねー!?」
――まったく、何を些細なことを気にしているんだか。それにしても、よく出来ている。確かに貝殻の模様や形を見れば、あの静波海岸に転がっていた貝殻に似ている。こちらの世界に現実世界のものを持ってくることが出来るとは……正直、驚いた。いや、今はそんなことに感心している場合ではない。
「すまんすまん。それじゃ早速――」
「今回はどこへ?」
「……高一の晩秋、十一月二十二日の早朝へ」
「りょーかいです!それじゃ……」
と言いながら、オーバーオールに備え付けられているポケットをまさぐり、例のキーホルダーを取り出す。そして俺の胸に突き立て、静止する。……?何故かウミカの動きが止まってしまった。胸に突き立てられたキーホルダーを見れば、微かに震えている。
「ウミカ……?どうした?」
「あ……いやいや、なんでもないですっ!それじゃ、いきますよ~!!」
「え、ちょ――」
その瞬間、キーホルダーが胸骨に突き刺さる。眩い光が体の内から溢れ、やがて――
***
ジリリリリリリリッ!!
けたたましく鳴る目覚まし時計の音がする。
ジリリリリリリリリリリッ!!!
……ああ、もうっ!
「うるせぇー!!!」
金属ベルを叩き続けるハンマーの間に指を入れ、無理やり、けたたましくなる目覚まし時計を止める。そして持ち上げ、裏にあるスイッチをオフにして、ベットから起き上がる。
見慣れた六畳の部屋。父が組み上げたシングルベットに勉強机。その上に乱雑に広がる教科書と画用紙。ブラウンの扉が開け広げられ、その先には階段への余白がある。……ん?
「んっ!?」
それまで半起きだった状態の身体から飛び起き、ベットの横にある小窓の外を見る。
差し込む陽射し。目の前に立つ二軒の家。昔ウナギの養殖場として使われていた空き地。その先に広がるのは山々の緑ではなく、空の青。ときどき、白。――そうだ、だんだん思い出してきたぞ……。
(あ、起きましたー?)
ウミカの声が聞こえる。――そうだ、俺は過去改変に来ているのだ。ということは、ここは……。懐かしさともう戻ることの出来ないあの日常に少し寂しさを覚え、しばらく呆けて浸っていると、階段下から聞き覚えのありすぎる、ほぼ毎日のルーティンと化した声がした。
「ちょっと青人ー!いい加減起きてよー!!」
母の声。今こうして聞けば、やかましさと苛立ちを覚えつつしかし、俺のための声。思わず俺は、開け広げられた扉から自室を飛び出し、数段飛ばしでバタバタと階段を降りていた。あ、足つかな――
「いったあ!!!?」
階段の終わりで盛大に転ぶ。朝とは思えない転倒音が家中に響き、その後、俺の呻き声が蚊の鳴くような弱さで耳に伝わる。猛烈に痛む足と、転倒時に床に打ちつけた背中の痛みをじんわりと感じていると、側にあるリビングの扉が焦りを見せて開いた。
「ちょ……大丈夫!?こけた?」
「おいおい青人、大丈夫か?立てるか?」
……数年前のことなのに。たった、それだけの間のはずなのに。
気づけば俺は、扉から顔を覗かせる父と母に、痛みも忘れて、改変すら忘れて。静かに強く、二人に近づき抱きしめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます