二章
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いつもの部屋だが、いつもと違う。この改変がもし失敗に終わったとして……その間違いを再度取り戻しにここに来られるかは知らない。もしかしたら出来るかも知れないが――あらかじめウミカに聞くんだった。
夕日が山々に沈む様を切り取った窓を、椅子に座りながらぼんやりと眺める。そして、机のあたり一面に広がる画用紙と色鉛筆を片付ける。片付けを面倒くさがるのが、俺の悪いところだ。
色鉛筆を所定の位置に戻し、画用紙を手に取る。そこにはまだ下書き段階にあった、ウミカの絵。今描いているものとは全く別の、そして虹輝との過去改変時とも違う、原型もない絵。虹輝の時はあまりにも不気味な絵だったので自分で描いておきながら少し引いたが、今回は違う。
まるでちぐはぐで、靄の絵。はたまた煙草の紫煙の絵。脳裏に浮かぶ、『深層心理の投影』を。そしてウミカを描いたと思われる絵に対して、今の俺が描いている絵となんら変わらない印象を受ける。一体この絵のどこに、ここに来た海夏は『怖さ』を感じたのか……それは今になっても分からない。
「いや……今は関係ないか」
思わず自分に言い聞かせ、今の目的とは関係のない疑問や考えを頭の奥底にしまい込む。――そうだ、今はそんなことどうでもいい。とにかく彼女との歪んでしまった過去を直すんだ。
ゆっくりと、沈んでゆく雑念が心の海底に沈み切った時――俺は、
以前過去改変を行った時。変えたはずの過去から変わっていくはずの――変わった世界線でも俺の記憶は維持されていた。もちろん今回もそのはずだが、前回と違うのは、
真っ二つから、細切れになってゴミ箱に入っている変わり果てた画用紙を見つめ、俺は静かに俺に祈る。どうか、忘れないでくれ……!
(ちょちょちょっ!?何してるんですか!?)
(……見ての通り、絵を、破り捨てた。これで海夏との原因が取り除かれた)
ウミカが頭の中で慌てふためいているのを聞くところ、きっとなにかマズいことになっているのかも知れない。もしくは、
それでも彼女との関係をやり直したい。ただその一心で覚悟を決めてきた。だからもし忘れてしまっても、この選択に後悔はないだろう。
(……どうなっても、知りませんよ?)
(はっ……元からそのつもりで来てるんだ。どんとこい!ってんだ)
ウミカはどこか怒ったように頭の中で言う。――別に怒ることでもないだろ。と思いつつ、その声にニヤッとしながら返事をする。
ここからどうなるだろうか……そう思いソワソワしながら海夏の到着を待っていると、インターホンが鳴る。突然の呼び鈴に身体をビクッとさせて、椅子から転げ落ちるように立ち上がる。玄関へと向かい、扉を開ける。
「よっす。来たよー!」
「おう、待ってた」
海夏が自宅へと上がる。ここからどう変わっていくのか、気が気でならない。
***
「はぁ~、面白かったー!」
「俺の絵、見に来たんじゃねえのかよ」
「え~だって青人くん、今日ずっと
来た――そこで俺は、あらかじめ用意していた言葉を頬を掻きながら口にする。
「や、あれはちょっとボツで……」
そう言うと彼女は、なんだか複雑な表情でこちらを見上げる。……!?まるで今にも泣きそうだ!なんで!?
「もしかして、私のせい?」
「……え?」
しゅん……とした顔でこちらを見つめる彼女に思わずドキッとする。身長差はあまりないはずだが、どこか守ってしまいたくなるような、小動物めいた可愛さが彼女にはある。……いやいやいかん。こんな時に何を考えているんだ、俺は。
長い間その茶色の目に見つめられて来なかった俺にとってはそれだけでもだいぶ刺激的であったが、そんなことより海夏の言葉の真意を聞かなければ。
「ちょっと待ってよ……どうして、そう思ったのさ」
「この前、青人くんの絵を見てすっごく嫌な顔しちゃったと思う……たぶん、気づいてたよね?だからそれでやめちゃったのかなって……」
「とんでもない!海夏に言われて考えたんだ。それで――ん?」
「え?私、何か言っちゃったの?気づかないうちに?」
「あ。……ああ!違うちがうっ!なんも言ってない!これはえっと、とにかく違うから!」
ああ、やばい。何がやばいって全部ヤバい。海夏にとっても俺にとっても初めての事態であり、特に俺は別れてから海夏に近づいて来なかったから、なんだか落ち着かない。とにかく、ヤバい!
……閑話休題っ!
とにかく俺は鳴り響く鼓動を深呼吸によってギリギリの状態で抑え、今にも泣き出しそうになっている海夏へと必死に弁明する。なんとか落ち着かせた時には互いにへとへとになっており、ベットを背もたれに並んで座っていた。
しばらく沈黙してボーッとしていると、不意に自分の右手にふわっとした温もりの塊が降り立つ。滑らかで、繊細な、可愛らしい手。気づけば俺たちは手を絡ませて握っていた。それにハッとして横を見る。海夏はただ、目を閉じている。
それを見てなんだか不思議な気分になる。過去を変えに来てはいるが、この時間だけは。全てを忘れてしまうような、そんな心持ちで手から伝わる不安と安堵がない混ぜになった感情を受け止めようと静かに、目を閉じた。
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