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時刻は二十二時半。あと一時間ちょっとで二十五日となる。ここ最近は一日が長く感じる。原因はもちろん、ウミカと過去改変によるものだろう。
夜食の残骸となったカラの容器を捨て、もう一度椅子に深く座る。……そういえば、小物類の絵を描いてなかったな。そう思い、新しく紙と色鉛筆を取り出して左の前腕に油性マジックペンで描かれた小物類を参考に、新しくパーツを描き始めた。
ウミカの使っていたスマホは空色のスマホケースに包まれた、ごく一般的なものだった。次に貝殻。形の特徴からネットで調べてみると、どうやら『ウラシマガイ』と呼ばれる種類のようだ。房総半島以南の海に棲息しているらしい。丸く艶やかな形が実に綺麗である。
そしてキーホルダー。黄色い魚がデザインされた――少し古いのか、色が褪せてきているような見た目だった。でも不思議だ、どうしてこれを胸に差し込むことで過去へと飛べるのだろう……。
――とりあえず今日はここまでにしよう。そう思い、パジャマに着替えて歯を磨き、電気を消す。
ベットに入ってからもウミカやあの世界のことを考えていたが、明確な答えや予測が立つわけもなく、知らぬ間に寝息を立てて眠っていた。
***
目覚ましの金属音によって朝を迎える。無理矢理ハンマー部分を止め、寝ぼけざまにスイッチも切る。時刻は六時過ぎ。四月二十五日の朝、土曜日である。
思い切り伸びをして遮光カーテンを開ける。窓には少し水滴がついており、窓には雲の切れ目から差し込む朝日が燦々とこちらを照らす景色が切り取られている。山々の湿気を感じ、喉が渇いていることに気づいて、うがいをしつつ水を体内に流し込んだ。
昨日の夜ついでに買っておいた朝食用のパンをレンジで温め、手を合わせていただく。……うん、美味しい。
ぺろりと平らげもう一度水を飲み、再び大きく伸びをして椅子に座った。――今日は用事もないし、どうしたものか……。
普段なら一日中家で絵を描きながらゲームをしたり動画を見たりするのがセオリーだ。もしくは虹輝と一緒に絵を描く。でも後者は今日じゃない。なんとなくだが。
つい腕組みをし、簡単に悩んでみる。……やっぱり今日は一日中、家でのんびりしよう。うん、そうしよう。
結局机にある画用紙と色鉛筆を広げ、昨日描いた新パーツである小物類を足すと同時に、昨日のウミカとあの部屋を思い出しながら絵を確実なものにしていくことにした。……それにしても、この絵だけを描いてもう半年以上経つのか。普段なら長くて一ヶ月、短ければ数時間で描き上げてしまうところを、この絵には随分と時間をかけているな……。
でも、それだけこの絵は今までとは
***
「ふぅ~……」
しばらく集中して描いていると、気づけば昼前となっていた。時間が経つのは早い。
切りの良い場所で手の動きを止め、画用紙と色鉛筆を片付ける。――息抜きに何かしよう。そう思っていると、ふと海夏のことを考える。
……未だ過去改変やウミカのことは詳しくは分かっていない。でもやはり、海夏との過去を変えて、あの関係をもう一度取り戻したい。あまり良いことではないことを自覚しつつ、しかしチャンスがあるのならば使わない手はない、という感情が湧き、海夏の過去改変を考える。
戻るとすれば、一年の十一月中旬のあの日。絵のことを言われ、俺が拒絶したあの場面。……でも、虹輝の時とは違う。虹輝の時はだいぶ絵が描けてきていた時に言われたことで、その意見に憤慨した。今思い返せば、あの時の絵は確実に気持ち悪かったため、虹輝に賛同出来たが。
でも今回は下書き時点で言われた。きっと意見を聞くことは出来るが、『描くことを止める』ということはできない。ここをどう切り抜けるかが、今回の鍵になりそうだ……。
部屋をうろうろしながら考える。考える、かんがえる。
どうすれば良いか。
彼女に見せないためには。
……絵を、なくす。
……いや、この手段はダメだし、もし上手くいっても相応の――でも待てよ……?虹輝との過去改変前の記憶が、俺にはある。ということは、もしあの時の絵を捨ててしまっても、今の絵の記憶は無くならないのでは……?
「……そうかっ!」
だったら過去で捨てても構わないはずだ!思わずガッツポーズをする。――このことに気づいていれば、もっと早く過去を変えられたのに……!俺は自分の考えのなさに少しガッカリしたが、今気づけた自分を褒めてやりたい気分にもなった。
なら一刻も早くウミカのところへ……!そうして急いで浴槽にお湯を溜め始め、少しするたびに湯船の溜まり具合をチラチラと確認するという落ち着きのなさで、ちょうど良い深さまで溜まるのを待った。
いざお湯が溜まり、パジャマのまま湯船に突っ込む。ぶくぶくぶく……
ぶくぶくぶく………
ぶくぶく……
ぶく…
…
「ぷっはあぁ!!!……はあ、はぁ……これ、もしかしなくても、夜だけなの?」
それからいくら潜っても『深層心理の投影』であるあの世界とウミカのもとへと行くことは出来ず、ただ水を吸ったパジャマの不快感と、どこからかウミカが嘲笑っているような幻聴が聴こえてくる不快感――その両方に何かが切れて、つい風呂場で咆哮を上げた。
……実に、恥ずかしい瞬間であった。
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