第4話

 僕はスマホを拾い上げた。たまたま開いた画面には、何やら青色の長い髪をした女のキャラクターの姿が映し出されている。


『アバター編集』


 その文言から察するに、ゲーム開始時によくある、自キャラのクリエイト画面だと思われた。

 新しくゲームを始めようと、わくわくしていた矢先にいじめにあったのかと思うと、不憫でならない。

 

 そういえば、僕も昔はよくゲームをしていた。今となっては、仕事が忙しくなりすぎてする暇もないけれど、やってみたいゲームは山ほどある。PS5だって触ってみたいし、switchも買いなおしたい。それに、噂ではswitchの次世代機も出るようだ。どんなものなのだろう。


 まあ。トイレで用を足している間なんかに情報を得るだけのことはしているけれど、得た情報が僕の現実に生かされたことは、社会人になってから一度もない。


 趣味をする時間もなく仕事に追われる日々は、本当に正しいのだろうか。


 現実から逃避しかけたところで我に返り、僕はもう一度職員室へと戻って行った。


 職員室には、まだ残業をしている先生たちがたくさんいて、僕はその中の二年四組の担任の先生に事情を説明した。担任の先生は「明日返せばいい」と顔をこちらに向けることなく言い放ったけれど、さっきの現場にいた僕からすると、今日中にしてあげなければ気が済まなかった。須藤のために、と表面上語っておきながら、本当は自分の罪滅ぼしとしての自己満足でしかない。自己満足で救われる誰かがいるのなら、それでいいじゃないか。


 あまりにしつこい僕に対して、担任の先生は怪訝な目を見せてきたけれど、もし何かあった場合は全て自分が責任を取る、という旨を伝えると、嘘のように表情は軽くなって、須藤の住所を教えてくれた。ここなら、帰り道に寄ることが出来そうだ。


 僕は頭を下げて彼に背を向けた。背中が受け止めた「そんなことする暇があっていいね」という皮肉が歩を速めて、気付かぬうちに職員室を出て廊下に立っていた。表面上ではあるけれど、それでも生徒のことを想っての行動が『そんなこと』のカテゴリに入れられてしまう現状に、胸が苦しくなった。


 僕も確かに、仕事に追われている。家に帰ってからやらないといけない業務は、山ほどある。生徒に構っている暇なんて、ない。


 今から生徒の家に行く理由が罪滅ぼしの僕が、思ってはいけないのだろうけれど、教師の仕事が師として教え導くことでないのなら、そんな大それた職名は変えてしまえ。生徒を見ているだけの存在、汚らしい子見(シミ)という名にでもしてしまおう。僕にも、ぴったりじゃないか。

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