92 覚悟

 さっさと着替えを終えてゼルの元へと向かった二人。

 そんな二人を見るなり、彼は一瞬安堵の表情を浮かべるのであった。


「よかった、目え覚めたんやな」


「ええ、おかげさまで」


「いやいやワイらはなんもしとらんて。桜の嬢ちゃんが頑張ったおかげや。ちゃーんと感謝しとき」


 そう言うゼルは既にいつもの飄々とした雰囲気に戻っていた。


「ゼル様、こちらを」


 そんな彼に部下のゴブリンが水晶を渡す。


「……イトラシュごと来たっちゅうことは、魔龍神王も随分気合入っとるみたいやな」


 そこには巨大な浮遊城が映っていた。


「ゼルさん、それは?」


 その水晶が何なのかを咲は尋ねた。


「こいつか? こいつは投影水晶っちゅうマジックアイテムや。別の投影水晶から見える風景を写し出すことが出来るんやけどな……こっから少し移動したところに配置してあるものに奴の住まう浮遊城イトラシュが映ったんや」


「浮遊城……?」

 

「そうや、とんでもないでコイツは。全方位を射程に収める砲塔がこれでもかってくらいに全周に付いとるからな。破壊兵器としての性能も恐ろしいもんやけど、そもそも弾幕が激し過ぎてコイツを落とすために近づくことすらできんのや……」


 ゼルの声に力が入る。 

 彼自身、過去に大規模な戦いを挑んだことがあるのだ。

 その結果は言わずもがな大失敗と言った所だろう。

 派手に返り討ちにあったうえに浮遊城に乗り込むことすら出来ずに大敗北したのである。


「それでもやるしかない」


「……本気なんか?」


 咲は一切の躊躇いも無く戦うことを選んでいた。

 その姿をゼルは頼もしく思うのと同時に、心の奥底では否定したがっていた。


「確かにワイらは人類との共存のために魔龍神王の奴を倒したい。そのためにアンタに魔将と魔龍神王を倒すことをお願いしたのも事実や。……けど、アンタがそこまでする義理はないやろ」


 ゼルはそれまでのおちゃらけた雰囲気を消し、真面目な声でそう言う。

 結局のところ世界のためだとか人類のためだとかそう言った理屈をいくら述べたところで、魔龍神王を倒すと言うのはどこまでいっても彼らの目的でしかないのである。

 そのため部外者である咲が命をかけてまでその責任を負う必要など無いと、ゼルだけでは無くこの場にいる者全員がそう思っていた。


「それでもあの魔龍神王を放っておいたら駄目なのは……私にとっても同じなんです」


 咲は桜を見ながらそう言い放つ。

 彼女にとって一番大事な存在は桜なのである。故に人類の根絶という目的を持つ魔龍神王を残しておくことはいずれ彼女の脅威になるということでもあった。

 また彼女以外にもこの世界で出会ってきた者たちを守りたいと言う気持ちもあり、このまま魔龍神王の好きにさせるつもりなど最初から無かったのだ。


「覚悟、決めてるみたいやな。ほんなら止めはせん……けど、絶対に無理だけはしないでくれや。ワイらのせいで死んだとか、胸糞悪いにもほどがあるっちゅうもんやからな」


「はい、元より死ぬつもりなんて無いですから安心してください」


 そう言うと咲は歩き始める。

 すると彼女の前に桜が立ちふさがるのだった。

 しかしその様子は咲を止めようとしているそれではなく、むしろ応援しようとしているものであった。


「咲ちゃん……生きて帰ってきてとは言わないよ。それは大前提だから。そうじゃなくちゃ許さない。代わりに……応援するね」


「ッ……!?」


 その瞬間、桜は咲に抱き着き彼女の口を塞いだ。


「……」


「……」


 しばらくの間続いた濃厚な接吻。その後、桜は再び口を開く。


「頑張って、咲ちゃん」


「……うん、帰って来たらもっと凄いのしよっか」


「えっ……? あっ、えっ……?」


 咲の予想外の返答に桜が戸惑っている中、咲は部屋から出て行くのだった。 

 これ以上ここにいては覚悟が揺らいでしまいそうだったのだ。

 

 と言うのも、本来よりも大分早く目覚めたとは言え彼女はまだ万全では無かった。

 あの五大魔将をまとめあげられる程の強大な力を持つ魔龍神王をそんな状態で倒せるのか。それは彼女自身わからなかったのである。


 出来るならこのまま桜と共に逃げてしまいたい。そう思ったこともあった。

 だが、その道を選んだところで最終的に魔龍神王の脅威からは逃げられないのも事実。

 そしてそれがわからない咲では無かった。


 であるならば、降りかかる火の粉は払うしかないと、そう覚悟を決めたのである。


「あれが……」


 穏健派の拠点を出た咲は空を見上げる。

 その視線の先に巨大な浮遊物体は……魔龍神王の住まうという浮遊城イトラシュはあった。

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