85 緊急事態と既視感

「うわっ……。ワイがいない間に何があったん……?」


 飲み物を持って二人の元に戻ってきたゼルは彼女らの様子がおかしいことに一目で気付いたらしく、開口一番そう言って何が起こったのかを尋ねるのだった。


「……私たちと同じくこの世界に召喚された勇者の一人に再会したんです」


「それはよかったやないか……って、そう簡単な話でも無いんやろなぁ」


 咲の表情が何とも言えないものであったためかゼルのいつもの飄々とした言動も鳴りを潜めており、真面目に彼女の話を聞いていた。

 そんな彼に咲も出来るだけの事を説明する。


「……そりゃまあ確かに喜ばしい再会ともいかんわな。それよりも放っておいてええんか? 随分と憎まれとるみたいやけど」


「少なくとも街の中で攻撃してくるほど何も考えていない訳では無いみたいなので、恐らくは大丈夫だと思います」


「ならいいけどなぁ……ま、いざとなったらワイも動くさかい、何でも言うてくれや」


「ありがとうございますゼルさん。その時は頼りにさせてもらいますね」


 そこで会話は終わり、再び歩き始めた三人。

 その時、アルタリアで聞いたような重い鐘の音が街全体に響いたのだった。


「既視感あるなぁ……」


「私もだよ咲ちゃん」


 それは人々に緊迫感や恐怖を与える音であり、明らかに異常事態であることを示していた。

 その点においてもこの音はアルタリアで聞いたものとかなり一致しており、二人は割と冷静に思考できていた。


「緊急事態を知らせる鐘やな。何かあったんか……」


 ゼルはそう言いながら上空を見上げる。


「……あれやな」


 その視線の先にあったのはクソデカ雷雲であった。

 咲がバルエニアに来るときに見かけたあの雷雲がいつの間にか街のすぐそこにまで移動していたのである。


「おーい! 雷雨が来るぞー!!」


 そう言いながら街を駆け回る人。

 それを聞いて一目散に建物内に走る人。

 大勢の人がそれぞれ動こうとするために、街はあっという間に混乱に陥ってしまった。


「しまった、宿を確保してない……!」


 そんな中、咲は今夜泊る宿を用意していないことに気付く。


「すみませんゼルさん。少しの間、桜を頼んでいいですか」


「構わんけど……あんたはどうするんや? 多分もうすぐぎょうさん雨が降ってくるで。それに雷だって……」


「私一人ならさっと行って宿を探せますから」


 そう言うと咲は走り出す。


「咲ちゃん! ……気を付けてね!!」


 そんな彼女の背中を見ながら、桜はそう叫びながら咲を見送る。

 結局のところ自分が付いて行くことのリスクは彼女自身が一番理解していたし、咲一人に任せた方が良いこともわかっていたため、彼女にとってはこれが最善の行動であった。

 

 一方、宿を探して走り始めた咲は早速人込みに飲まれてしまう。

 皆が一斉にそれぞれの宿へ向かおうとするため、今の大通りでは大量の人が蠢いているのだ。

 そのため、このままでは宿までたどり着けないと考えた咲は裏路地を通ることを選ぶのだった。


「街外れまで行けば少しは人が減るはず……」


 また咲は大通りに面している宿はとっくに満室だろうと思い、人の少ないであろう街はずれの宿を狙っていた。

 現に裏路地にはまったく人気が無く、このまま行けば街はずれまでは難なく向かえるだろう。


 しかし、咲はその途中で何者かに後を付けられていることに気付きその場に立ち止まるのだった。

 

「……私をつけてるでしょ。誰だかはわからないけど出てきた方が身のためだよ」


 咲がそう言うやいなや、物陰から一人の少女が姿を現す。


「佐上と一緒にいた子……?」


 その少女は先程佐上が連れていた内の一人であったのだ。


「ねえ、なんでわかったの」


 少女は咲を警戒したままそう尋ねる。


「……これでもかって程に敵意を感じたからね。それに君、気配を消すのが下手だから結構バレバレだったよ」


 それに対し、咲は冷静に淡々とその理由を答えた。


「そっか、やっぱり私は未熟だから……」


 真正面から能力不足を突きつけられた少女は悲しそうな顔で目に見えてしょぼんとするのだった。

 それだけでは無く、彼女のそれは何かに対して恐怖を抱いているように感じさせるものでもあった。


「いいや、アイツをここまで追い込んだんだ。及第点はやるさ」


 と、そこで一人の青年が姿を現した。


「……佐上」


 その顔を見た咲は思わず彼の名を呟く。

 そう、その青年は紛れもなく佐上であったのだ。

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