82 ゼルとの再会
「いやぁぁぁっ!?」
桜の悲鳴が大空に響き渡る。
と言うのも、咲は当然のように空を飛んでバルエニアに向かっていた。
そのため、相も変わらず桜は高所の恐怖戦うことになっているのである。
とは言え、高所と言うのは人の根源的な恐怖を呼び起こすもの。
克服するのは容易では無く、現に何度か経験している桜であってももう全然だめだった。普通に怖くて仕方がないのだ。
そうして二人が国境を越えた辺りだろうか。
咲は遥か遠くの海上に巨大な雷雲を見つけたようだ。
「うーん、大丈夫だとは思うけど……巻き込まれたら不味いしちょっと急ぐね桜」
「ふぇっ!?」
そう言うと咲は速度を上げた。
生身である桜を抱えたまま雷雲の中を飛ぶことになるのは何としても避けなければならなかったのだ。
しかしだ。ただでさえ桜は高所による恐怖でいっぱいなこの状況である。
そこからさらに速度を上げてしまえば、彼女の精神は到底耐えられるはずもないだろう。
事実、バルエニアに到着する頃には桜は完全に魂が抜けかけてしまっていた。
「さ、桜ぁ!? 大丈夫……じゃ、ないよね……ごめん」
流石にこのままでは不味いだろうと思った咲は急いでバルエニアの中へと入り、手頃な宿を探し始める。
そんな慌ただしい咲を出迎える者がいた。
「よっ、お二人さん」
「ゼルさん!」
それは咲にバルエニアの事を手紙で伝えた張本人であるキングゴブリンのゼルであった。
「にしても随分と早い到着やったな。流石にワイも予想外やで」
手紙を出してからそれほど経っていないのにも関わらず、咲はもうバルエニアに到着しているのである。
流石のキングゴブリンとは言え、驚くのも無理も無い。
「と言うか、そっちの嬢ちゃんはどうしたんや……?」
同時に、ゼルは咲が抱えている桜の様子が気になっていた。
「ああ、その……」
咲はここに来るまでの事を彼に話した。
ケツァライザーによる飛行能力のこと。それを使ったことで短時間でバルエニアにまで来れたこと。
そして高速飛行によって桜がこうなってしまったこと。
それら全てを隠さず話す。
「そりゃまたとんでもないこっちゃ。いくらなんでも規格外過ぎるでぇあんた」
その話をゼルは大層面白がりながら聞いていた。
彼の想像以上に咲は逸材だったのである。
「はぁ……ほんま恐ろしいことやで。とは言え、こうなったのも元を辿ればワイらのせいや。詫びって程でも無いが、コイツを嬢ちゃんに使うてやってくれ」
そう言うとゼルはポーチから手の平サイズはあろうかと言う大きさの瓶を取り出した。
「えっ、今そのポーチから……えっ?」
その様子を見た咲は素直に驚いていた。
当然である。その瓶は明らかにポーチよりも大きかったのだから。
「……? なんや知らんかったのか。コイツはマジックポーチ言うてな。魔術でポーチの中を大幅に拡げてあんねん」
「なるほど……?」
説明しながら色々な物を取り出すゼルを見ながら、咲は納得したのかしていないのかわからない声色でそう言った。
「っと、本題はこっちやな。ほれ」
思い出したかのようにゼルは瓶を咲に手渡した。
「これは……?」
「状態異常を回復するポーションや。それもかなり高品質のな。ワイら穏健派が製造・販売しとるもんやから安全性には問題ないで。コイツならそこで伸びとる桜の嬢ちゃんもバッチリ治ると思うで……多分な」
「ありがとうございます!」
早速咲は桜にポーションを飲ませようとする。
しかし完全に気を失ってしまっているためか上手くいかないようだった。
「仕方ない……か」
咲は覚悟を決め、ポーションを自らの口に含む。
そしてそのまま桜に口移しで飲ませるのだった。
「あら~随分と大胆なこっちゃ」
「この状況だとこうするしかないだけですから……普段からしてるとかじゃ、ないですから」
ゼルがからかうようにそう言ったため、その後も咲はしどろもどろになったまま言い訳を続けた。
それから数秒後。
「はっ……!? あれ、ここは……?」
「桜!? よ、よかったぁ……」
ポーションの効果は絶大であり、あっという間に桜は目を覚ましたのだった。
「それにしても凄い効果……」
「そやろそやろ? 瓶一本銀貨十枚はするさかい、効果が無かったら困るってもんや」
「一本、銀貨十枚……?」
咲はポーションの値段が想像以上に高かったことに驚いていた。
通常の回復ポーションの値段が銅貨十枚程であることを考えると、このポーションは間違いなく高級品と言えるものであったのだ。
「ああ、心配せんでええで。今のはあくまで詫びの品やからな。金はとらんから安心しとき」
ゼルのその言葉を聞いた咲は胸をなでおろす。
盗賊をまとめて確保した際の報酬はまだ残っているものの、それでも銀貨十枚は決して安いものでは無かったのである。
「んじゃ、桜の嬢ちゃんも全快したことやし。改めてバルエニアを案内するで」
そう言うとゼルは歩き始めた。
「桜、大丈夫?」
「うん、なんだか体の奥から元気があふれ出てくるみたい」
「……それなら良かった。それじゃあ行こっか」
そして二人は手を握り、前を進む彼の後を追うのだった。
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