68 暴走①
咲が振り返るとそこには腹に数本の黒い棘が突き刺さっている桜の姿があった。
「ごめ……ん、咲ちゃ……ゲホッ」
「桜!!」
血を噴き出して倒れてしまう桜。
すぐさま咲は彼女の元に駆け寄ろうとするが、その後ろに立っている存在に気付くや否やその足を止めた。
「魔霊王……!? どうして……倒したはずじゃ……!」
なんとそこには倒したはずの魔霊王が立っていたのだ。
「危ない危ない。危うく消失してしまうところだった。全く、生きた心地がしなかったよ……まあ私は既に死んでいるようなものなのだがね」
「お前が、桜を……!!」
内側から湧き上がる感情のままに咲は魔霊王へと向かっていく。
「その通り、彼女の持つ回復魔法は厄介なのでね」
「許さない……絶対に……」
怒りに飲まれてしまった咲の腰には氷山を模したベルトが……あのフロストドライバーが現れていた。
そして一切躊躇うこと無く彼女はそのベルトへと手を伸ばし、ボタンを押してしまうのだった。
その瞬間、咲の周りにどす黒い氷の粒が舞い始め、いずれそれは氷山のような形状となって彼女を覆っていった。
『氷結…… 終結…… グレイシャルライザー……』
深淵のように真っ黒なアーマーに氷を模した装甲が張り付いて行く。
こうなってしまってはもう後戻りは出来ない。
彼女はグレイシャルライザーになってしまったのだ。
「おやおや、私とやるつもりなのかね? だが頼みの綱の回復魔法はもう使えない。君に勝ち目は……」
魔霊王は余裕綽々と言った様子で咲を煽る。
だが……。
「……は?」
いつの間にか彼の両腕は凍結してしまっていた。
「あ、ありえん……! 私には上位属性耐性スキルがあるのだ。光属性以外でダメージを受けるはずが……!」
彼の所持する属性耐性スキルは光属性以外の属性ダメージを大幅カットするものである。
そのため、彼が光属性以外でダメージを受けることはほとんどないと言って良いだろう。
だが、その耐性にも限界はあった。
「まさか、私の耐性を超える力を……!?」
彼の想像通り、グレイシャルライザーの放つ冷気が単純に彼の耐性を優に超えていた……ただそれだけの事だった。
「ま、待て……! 来るな!!」
両腕が完全に凍結してしまっているため魔法を使う事も出来ず、魔霊王はただただ咲から離れるように後ずさりをする。
そんな彼に対して咲は一歩、また一歩と、ジワジワとその距離を縮めて行った。
そしてついに目の前にまで迫った咲は魔霊王の首を掴むと、彼の全身にこれでもかと冷気を流し込んだ。
「こんなこと、あってはならない……! 私は死の超越者なのだぞ……!! こんなところで……こんな奴に……」
その言葉を最後に魔霊王の全身は完全に凍結し、今度こそ塵となって消え去ったのだった。
「咲さん! 桜さん!」
そのすぐ後、彼女の元にソリスが走ってきた。
「……ッ!!」
そして血だらけで倒れている桜と明らかにただ事では無い様子の咲を見るなり、すぐさま剣を抜いて戦闘態勢をとった。
「桜さん……!? それに咲さんも……一体、何があったと言うのですか」
ソリスはゆっくりと咲に近づいて行く。
一方で咲も敵意をむき出しにしながらゆらゆらとした動きで彼女の方へと向かっていった。
その後、しばらく膠着状態となった二人。
「くっ……!?」
咲に動いたのは咲だった。
氷を纏った拳をソリスへと叩きこもうとする咲。
それをソリスはギリギリのところで剣を使って受け流す。
「咲さん!」
咲の名を叫ぶソリスだが、それが咲に届くことは無かった。
「理由はわかりませんが、どうやら貴方を止めなければならないと言うのは確実のようですね。この魔法を使いたくは無かったのですが、きっと咲さんならば耐えてくれるでしょう」
このままでは自分がやられると判断したソリスはそう言うと剣先を咲に向けて魔法を発動させる。
「……アビス・ホール」
その瞬間、咲のすぐそばに次元の裂け目が発生し、彼女は少しずつそこへと引っ張られていった。
凄まじい能力を持つグレイシャルライザーと言えど掴むものもない状態では抗う事も出来ず、少しずつ裂け目へと吸い込まれていく。
「ごめんなさい……咲さん」
そしてついには完全に飲みこまれてしまうのだった。
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