20 指名手配犯ブラッド
「なんだぁ……バレてたのか」
そう言ったのはまさに盗賊といった格好をした青年だった。
「その赤い髪に真紅のナイフ……まさかお前は……!」
「アドルフ、あいつのこと知ってるの?」
「知ってるも何も指名手配中の盗賊だよアイツは。名前は……確かブラッドとか言ったか」
アドルフの言う通り、その青年はブラッドと言う指名手配中の盗賊だった。
返り血のように赤い髪と真紅のナイフが特徴的であり、その姿と名前を知らない者はこの近辺にはいない程に悪名高い盗賊である。
「せっかく後ろからぶっ刺してやろうと思ったのにさぁ。あーつまらない」
「桜、私の後ろに……」
咲は桜を守るために彼女を自らの後ろへと移動させた。
「へー……これはちょっと予想外」
その行動を見たブラッドが不敵な笑みを浮かべる。
「君、確か外れ勇者だよね? さっき門で見た時、門番がそう言っていたよ。……なのに君が彼女を守るんだね。てっきり彼女の方が君を守ってきたのかと思っていたのに。それってさぁ……外れ勇者なのに戦う力があるってこと……だよねぇ!」
「おい、二人共下がってろ!!」
アドルフが二人の前に出るのとブラッドが二人に向かって飛び掛かるのはほぼ同時だった。
いや、正確にはわずかにブラッドの方が速い。そのわずかな差ですら、彼にとっては十分な隙となった。
「ぐっ……!?」
「遅い……凄く遅いよ。つまらない程にね」
ギリギリのところで攻撃を弾くことに成功したアドルフだったが、隙を突かれた一撃であったためかそのまま体勢を崩してしまう。
「君に興味は無いんだ。だからさっさと死んでくれよ。僕は彼女たちに興味があるんだからさぁ!」
「ど、どうして私たちを狙うんですか……!」
「うん? だって君たち、勇者でしょ?」
ブラッドはアドルフの攻撃を余裕でさばきつつ桜の質問に答える。
「その服装を見た時から狙ってたんだぁ。勇者は死ぬときにいい悲鳴を聞かせてくれるからね。それに警戒心が薄いから奇襲もしやすくて助かるんだよぉ」
ブラッドは恍惚とした表情でそう語る。
事実、召喚された勇者は基本的に平和な世界からこちらに来ているため警戒心が薄いのだ。
そのため盗賊のように奇襲を主とする者たちにとっては格好の獲物となっていた。
また平和な世界で過ごしてきた勇者たちはこの世界の住人に比べて痛みや死の恐怖への耐性も圧倒的に低く、勇者適性による精神面の強化があってなおそれらへの抵抗感は無視できないものだった。
故に、彼のような異常な癖を持つ者は勇者たちを弄ぶことに特に喜びを感じていたのだ。
「そんな、酷い……」
その事実を知った桜は憤りや恐怖、憎悪など、あらゆる負の感情に飲みこまれていた。
「ははっ、いいねその表情。そういう顔、だぁいすきなんだよ!」
ブラッドは煽るようにそう叫ぶ。
しかし桜には戦うための力は無い。ただ咲の腕を掴み、耐えるしか彼女に出来る事は無かった。
「わかった。つまりあんたは私たちの敵ってことね」
そう言うと咲は一歩前に踏み出す。
だが次の一歩を踏み出す前にアドルフが止めた。
「おい嬢ちゃん、あんた外れ勇者なんだろ……? 悪いことは言わねえからやめておけ。アイツは相当強い……恐らく上位冒険者に匹敵するくらいにはな」
「上位冒険者だってぇ? あんなものと比べられては困る。僕はあんな弱者などとは違う!」
ブラッドは心外だと言った表情と声色でそう叫んだ。
この世界における冒険者の等級は基本的に『見習い』『下位』『上位』『超位』の四つ。
その中でもアドルフの言った上位冒険者は単身でワイバーンの幼体を討伐出来るくらいには強い者たちだった。
これは各国の騎士団長にも匹敵する強さであり、英雄として語られてもおかしくは無い程の実力者なのだ。
だが、そんな上位冒険者すらもブラッドは弱者だと言い放った。
「嘘だろ……いや、きっとハッタリだ。そうに決まってる……!」
「残念だけど現実だよ。証拠を見せてあげようか?」
「ッ!?」
それまでアドルフと対等に戦っていたはずのブラッドはそれまでとは比べようも無い速度で瞬時にアドルフの懐に潜り込む。
そしてそのままナイフを振り上げたのだった。
「ぐぁっ……!」
ブラッドの真紅のナイフはアドルフの、ハーフウルフとしての強靭な毛皮をも容易く切り裂いた。
そして飛び散る血しぶきを浴び、その紅さをより鮮やかに塗り替えるのだった。
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