9

 洞窟の奥にはおびただしい量の死体が折り重なっていた。

 私達が連絡して町から駆けつけてくれた騎士達がそれらを運び出し、むしろをかける。見た目の痛ましさもさることながら、その臭いが凄まじかった。……しばらく、まともに食事ができない気がする。

 

 魔物の食べかけということもあり、腕だけになったもの、足だけのものなど様々だったが、やはり奇妙なのは私とルードが見た姿――つまり体のパーツが増えた死体が散見されたことだ。

 指が二十本以上あるもの。顔に口が二つあるもの。肩から頭が二つ生えているもの……。もはや人ではなくなったような形をした死体の数々に、騎士達も戸惑っている。

 ルードは死体をつぶさに観察し、その数を数えている。


「……おかしいな」

「今回の件は全てがおかしいんですけどね。ルードさんは何を気にしてらっしゃいます?」

「墓地から掘り返してきたにしては、死体の数が多すぎる。空気中に放置すれば、死体の腐敗はかなり早く進行するんだ。長い年月をかけて蓄積したにしては、新しい死体が多すぎる。これは……」


 ルードはここで言葉を切り、少しの間の後ぽつりと呟いた。


「墓地以外からも、『餌』を調達していた……?」

 

「――」


 ――そのとき、私達の背後から、何事かを呟く声が聞こえた。振り向くと――今、木の影に誰かが隠れたような。


「うわぁぁあ!!!」


 その時、騎士の一人が大きな悲鳴を上げた。

 驚いて振り返ると、そこには悪夢のような光景が広がっていた。むしろに寝かされた数百の死体が、まるで再び命を得たかのように起き上がって、ゆらゆらと身体を揺らしながら騎士にその腕を伸ばしている。


 ルードとユルゲンスさんが私達を守るように前に出る。ユルゲンスさんが糸を投げ、騎士に掴みかかろうと腕を伸ばした死体の首を落とす。ごとりと頭が地面にぶつかる音がして――その体は私達の方を向いた。

 腰を抜かして座り込む騎士を無視して、こちらに向かって手を伸ばす。首がないのに、倒れない。

 

「うわぁ!?これ、首落としても動く系のヤツですね!?無理です無理ですこれは僕の専門外!ルードさぁん!!」


 泣き声を言うユルゲンスさんを脇に退け、ルードは腰に下げた剣を抜く。懐から出した聖水を剣に振りかけて、迫りくる屍の胴を真っ二つに切り裂いた。聖水が付着した死体は煙を上げてその動きを止め、崩れ落ちた。

 

 それに気づいたのか、死体の群れは標的を騎士から私達に変えたらしい。大量の動く屍リビングデッドが私達ににじり寄ってくる。――囲まれた。

 

「……数が多すぎる。くそ……時間が稼げれば……!」


 ルードは一定距離を超えて近づいてきた死体を斬り伏せ、ユルゲンスさんは糸で死体の足を切り落として足止めする。が、数が多すぎて、きりが無い。防戦一方だ。

 

 そのとき、死体のひとつが死角から飛び出し――ルードの左腕を鋭い爪で引き裂いた。


「……ぐッ」

「ルード!!」


 ――体が、勝手に動いていた。二撃目を加えようとする死体とルードの間で、両手を広げる。悲痛な声が背後から私の名前を呼び、目の前では死体がその手を振り上げている。……意地でも、目を閉じるものかと思った、その時。

 その死体は、濁った目で私の胸元を見てピタリと、動きを止めた。

 ――そこにはナハトにもらった花刺繍の首飾りがかかっている。


 ……アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 

 突然、その死体は絶叫した。そうして私から逃れるように後退りを始めた。他の死体も同様に、まるで怯えたように逃げていく。


 逃げ惑う彼らは皆一様に、許しを請う言葉を口にし始めた。

  

『ごめンなさい』『ぶたないデ』『言うコトききマす』『お願イ』『痛イ』『助けテ』『熱いヨう』『お母サん』『痛イよ』『怖イよウ』『許シてくダさい』


 ――『家に、帰シて』


「……今だ!」


 隙を見せた死体達を見て、ルードは聖水を辺りにばら撒くと、地面に剣を突き立てた。そうして聞いたことのない発音で何か呪文のようなものを唱え始める。

 その音を聞いた死体達は、さらに大きく悲鳴をあげた。

 

「――あるべき場所へ還れ」

 

 ルードが呪文を唱え終わる。最後に静かな声でそう言うと。すべての死体が硬直したように動きを止め、倒れた。そうして二度と動かなかった。


*****


 モリア・イリーネ男爵は、騎士団の調べに、全てを自供した。

 イリーネ家では代々、男爵位を引き継ぐときに、研ぎ石の秘密を伝授されるらしい。そうして埋葬された遺体の中から旨そうなものを選び魔物に与え続けた。モリア氏は己の良心に背く行為を大いに苦悩したが、刃物は町の産業の中心だった。――引き返せなかった、という。


 ヘデラは父の告白を聞きながら、皮膚が白くなるほどにその拳を握りしめていた。


「……フィミラも、あの化け物に食わせたのか?」

「それは断じて違う!……信じてもらえないかもしれないが……あの子は……あの子も、やはり……私とロザリーの……子なんだ……」


 その言葉を最後に、モリア氏は騎士団に連行されていった。

 ヘデラは長い間その場に立ち尽くすと、壁に拳をぶつけ、言った。 

 

「……なんで、その言葉を……あの子に直接、言ってやらなかったんだよ……クソ親父……!」


 ――涙は、流してはいなかった。


*****


 その後、私とヘデラはアグラ氏の許可を得て、生前フィミラが使っていた部屋を訪れた。妹の日記のようなものがないか、改めて調べたいという。女の子の部屋なので、私たち二人で。


「この部屋、片付けたわけじゃ……ないんだよね」

 

 思わずそう言ってしまうほど、殺風景な部屋だった。白いベッドに、本棚と勉強机、クローゼットがあるだけ。クローゼットの中身も質素な服が最低限だ。年頃の少女の部屋にしてはあまりにも寂しかった。


 教本しかない本棚の中身を一つ一つ確認する。本を取り出していくうちに、本棚の作りに違和感を感じた。奥行きが、浅い、ような。

 試しに背板をノックしてみると、音がおかしい。板の隙間に定規を差し込んでみると、簡単にこじ開けることができた。


 ――その隙間には、びっしりと「死」が詰まっていた。

 

「……なんだよ、これ……」


 ヘデラは啞然として呟く。

 そのほとんどは死霊術に関する本だった。デルシュタインとカリウスを含む多くの国では禁術のはずだ。

 死体を動かす方法、死者と会話する方法、死者を――蘇らせる方法。そんな、実現可否の怪しい術についてグロテスクな絵とともに解説されてある。数ページめくっただけで気分が悪くなった。

 ――フィミラは生前、取り憑かれたように「死」について調べていた。結局日記は見つからなかったので、それが一体何故かはわからなかったけれど。


「あの子が、こんなもの隠してたなんて……全然知らなかった。……アタシ、姉失格だな……」


 そう言って肩を震わせるヘデラにかける言葉が見つからなくて、私はただ彼女を抱きしめることしかできなかった。少しでも、その痛みが薄まってほしいと祈りながら。

 

 

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