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 ヘデラの容疑はすぐに晴れた。

 なんでもタルシア家での事件があった日は、現場から馬車で二日はかかる街へ宝石の買付に行っていたらしい。先方は由緒正しい宝石商で、信憑性のあるアリバイだそうだ。


 そうして、翌日。私達はギルドに集まり難しい顔を見合わせていた。

 ルード、ヘデラ、バルドルさんとナハト。そして、ユルゲンスさんも同席している。


「ごめんなさい……」


 ナハトは私の隣に腰掛けて、しょんぼりと項垂れている。


「別にいいよ。すぐ容疑は晴れたわけだし。実害なかったし」


 ヘデラは涼しい顔をして、バルドルさんが淹れた紅茶を飲みながらお菓子を摘んでいる。度胸が座ってるし、器が大きい。


「ヘデラはそんなに例の女レイディに似ているのか?」


 ――レイディ。妖精姫ティーナやナハトに取り入って多くの妖精達を虐殺した、謎の女性。彼女が持ち去った妖精の小瓶は、いまだに見つかっていない。

 

 ルードの質問に、ナハトはこくりと頷いた。

 

「うん……。雰囲気は、喋ってみたら全然違った。……でも、顔はそっくり。同じ服と髪型に揃えたら、見た目では区別つかないと思う……」


 商人の元で修行していたため、人の顔を覚えるのには自信があると述べるナハトに、ユルゲンスさんが付け加える。


「ちなみに、ヘデラさんの似顔絵をジェラルド氏に見せてみたところ、『間違いなくレイディだ』とのことでした。ヘデラさんが例の女に似てるのは確定みたいですねぇ。……で。ヘデラさんにはお心当たりないですか?そのそっくりさんに」

「…………ないことは、ない」


 その発言に、その場の全員が息を呑む。

 ヘデラは紅茶のカップをソーサーに置くと、言いづらそうに話し始めた。

  

「……妹が、いるんだ。二個下の……。顔は、よく似てるって言われてた。たまに、お互いに間違えられたり……でも」


 ヘデラは辛そうに口元を歪める。


「……死んでんだよ、二年前に。だから……やっぱり、あり得ない」

「……死因は?」


 ルードの質問にあからさまに気分を害したように、ヘデラは答える。


「疑ってんのか?……埋葬にも立ち会った、間違いない」

「……あいにく薄明ここは、墓場から蘇って来た者が起こす事件を専門に扱っているんでね。例え死人でも容疑者からは外せない」


 ルードとヘデラが睨み合い始めると、ナハトがおずおずと手を挙げて、口を出す。


「でも、レイディは……ちゃんと、生きた人間だったよ。普通に触れるし、飲んだり食べたりもしてた」


 部屋の中が静まり返る。

 ヘデラにそっくりだというレイディ。赤の他人同士が瓜二つになることと、死人が起き上がって悪事に手を染めること。どちらのほうが、現実に起こり得ることなのだろうか。


「……確かめる」


 ヘデラは何かを決心したかのように言葉を発した。


「墓に行って、妹を掘り返す。そこに体があれば、妹は……フィミラは無実だ。それで文句ないだろ」


*****

 

 その翌日、私とルードはヘデラとともに、彼女の故郷へ向かって馬車に揺られていた。今回はユルゲンスさんも加わっての四人旅である。ナハトは来たがっていたが、子どもにお墓を掘り返す手伝いをさせるわけにもいかず、バルドルさんと共にお留守番だ。


 人違いの責任を感じていたのか、ナハトはとても残念そうにしていた。唇を尖らせる姿を思い出しながら出かける直前にもらった『お守り』を眺める。紫色の花の刺繍があしらわれたきれいな首飾りだ。

 聞けば市場で見た瞬間、『なんとなく』私がこれを持って行ったほうが良いと思った、という。要領を得ない返答だったけど、気持ちが嬉しかったので有難く受け取った。

 

 馬車の外を風景が流れていく。それを見つめるヘデラはどこか遠い目をしていた。


「妹さん……フィミラさん、って、どんなお嬢さんだったんですか?」

 

 沈黙を破り、ユルゲンスさんが尋ねる。ヘデラは少し考えながら暗い声で話しだした。


「……大人しい子だった。アタシと顔は似てるけど、性格は真逆でさ。でも、姉妹仲はよかったんだ。……少なくともアタシはそう思ってた」


 姉妹の生家であるイリーネ領は、包丁や工業用の刃物の産地として有名な地方である。しかしヘデラは幼い頃から彫金師に憧れ、子供ながらに自己流で作品作りをしていたという。


「それが師匠の目に止まって……十六歳のときに弟子入りして家を出たんだ。元々家は兄貴が継ぐのに決まってたし、実家はあんまり好きじゃなかった。……でも、フィミラのことは気がかりだった」


 そこでヘデラは、暗い目をした。

 

「……昨日さ、フィミラの死因を聞かれたとき。アタシ、答えなかっただろ」

「ああ。教える気になったか?」

「……できるなら、言いたくなかった。あの子が死んだのは……アタシのせいだから」


 ヘデラは辛そうに顔を歪め、しかし何かを決意したように視線を上げると私達三人を見回した。


「あの子は……フィミラは、自殺したんだ」

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