第61話 解呪の失敗

 猫になるはずだったのに、二回もクシャミをしてしまった事で人間に戻ってしまったため、微妙な空気が漂っている。


 誰も彼もなんとも言えない顔で私を見ているけれど、そこはツッコんで欲しいと思うのはわがままかしら?


 気を取り直したようにサイモンがコホンと咳払いをする。


「キャサリン嬢、お手数だが、もう一度やり直してもらえないかな?」


「は、はい、すみません。今すぐに!」


 恥ずかしさで顔を赤くした私はもう一度、クシャミをする。


「クシュン!」


 良かった。今度は一回だけだったわ。


 猫の姿で椅子の上にちょこんと座る私をサイモンが凝視してくる。


「その首輪はもしかして魔道具か?」


 サイモンに指差されて私は自分の首輪にちょっと前足を当てる。


「そうです。猫になると人間の言葉は喋れないし、服も着ていない状態になってしまうので、それを解消するためにケンブル先生が作ってくれました」


「ケンブル先生? もしかしてヘレナの事か?」


 同意を求めるようにサイモンがロナルドに目を向けると、ロナルドはコクリと頷き返す。


「これはヘレナが作った魔道具だ」


「ヘレナか、懐かしいな。相変わらず魔道具作りに没頭しているんだろうな。もっともヘレナは私の事なんて覚えちゃいないだろうが…」


 確かにケンブル先生はサイモンの事は一言も口にはしなかったわね。


 きっと興味の無いことには一片たりとも心を砕かないタイプなんでしょうね。


 サイモンも苦笑しているところをみると、その認識で間違いないみたいね。


「もう元に戻られても良いですよ。アラスター様。キャサリン嬢を抱き上げようとされるのはおやめください。まだあなたの婚約者でも奥様でもないのでしょう?」


 サイモンに咎められてアラスター王太子が私に差し出していた手を慌てて引っ込める。


 アラスター王太子ったらドサクサに紛れて私を抱き上げようとしていたみたいね。


 モフモフが好きなのはわかるけれど、今の関係性でアラスター王太子にモフモフされたくないわ。


 私はクシャミをすると元の人間の姿に戻った。


 ちょっと恨めしそうな目を向けてくるアラスター王太子は視界に入れないようにする。


「なるほど。クシャミで猫に変わる呪いをかけられたのですね。かけた相手に心当たりはお有りですか?」


 サイモンに問われて私はフルリと首を振る。


「それがまったく心当たりはありません。朝、目が覚めたら猫になっていたんです。その時はクシャミで元に戻るとはわかりませんでした」


 あの時、クシャミをして人間の姿に戻っていたら、どうなっていただろうか?


 そう考えたけれど、やはり家を追い出される事に変わりはないだろう。


 前日にセドリック王太子から婚約解消を告げられているのだから、両親にとって私は価値のない娘になってしまったからだ。


 うつむき加減に答える私に、サイモンは優しく微笑みかけてくれる。


「そうですか。それではこちらに手を触れてもらえますか」


 顔を上げると、カップの向こう側に台座に乗った水晶玉のような物が現れた。


 そっと手を触れると身体の中から何かが吸い出されるような感覚に襲われる。


 手を引っ込めた方が良いのかどうか迷っていると、パリン、と音がして水晶玉がひび割れた。


 やだ!


 私が水晶玉を割っちゃった?


 皆の驚きの視線が痛いわ。


「これはこれは…」


 サイモンも驚いたように絶句している。


「この解呪の水晶玉が割れるとは…。相当強い呪いをかけられたようですね」


 解呪の水晶玉を割るくらい強い呪いって何?


 そんなに私、恨まれるような事をしたのかしら?


 私は呆然と手のひらの下で砕け散っている水晶玉を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る