第38話 出戻り
アラスター王太子が立ち上がって歩き出そうとしたところへウォーレンが部屋に入ってきた。
「アラスター様、ご無事ですか?」
随分と息せき切っているけれど、何処から走って来たのかしら?
「ああ、大丈夫だ。すんでのところでキャサリン嬢が助けてくれたからな」
アラスター王太子が視線を私に、向けた事でウォーレンも私の存在に気付いたようだ。
「キャサリン様。わざわざ猫の姿になってアラスター様を助けてくださったのですね。ありがとうございます」
ウォーレンが恭しく私に頭を下げたが、すぐに困惑した顔になる。
「その姿で牢獄を抜け出されたのですか? 早く戻られないと大騒ぎになりそうですが…」
…やっぱりそうよね。
皆に私が呪いで猫の姿になると公言するのならともかく、そうでないのならば見つかる前に牢獄に戻らないといけないわね。
「王妃様が捕らえられた事で、キャサリン様が開放される動きになると思います。一刻も早く牢獄に戻られた方がよろしいかと思います」
「だが、ウォーレン。結局キャサリン嬢は冤罪だったのだろう? だったらこのままここにいても構わないのではないか?」
「いえ、アラスター様。それはいけません。その場合、誰がキャサリン様を牢獄から出したのかが問題になります。それでなくてもキャサリン様の立場は危ういものですので、これ以上の瑕疵は必要ありません」
ウォーレンの言うとおり、私はこの国の貴族じゃないし、正式に客人として招かれたわけでもないものね。
痛くない腹を探られる前にさっさと牢獄に戻るべきだわ。
「アラスター王太子、とりあえず私は元の牢獄に戻りますね」
アラスター王太子は私を引き止めようとしたけれど、私はそれに構わずに廊下へと駆け出した。
私がいた牢獄はベッドに私が寝ているように偽装したから、すぐには気付かれないと思いたいわ。
騎士達は牢獄の外から声をかけて、私を起こそうとするだろう。
それで私が起きなければ、誰か女性に中に入って私を起こすように言いつけるに違いない。
それまでにこっそり牢獄に戻ってベッドに潜り込めば、私が抜け出していた事がバレるはずはないわ。
幸い誰にも見つからずに地下にある牢獄へと辿り着いた。
私が入れられていた奥の方に人だかりがしている。
その中で喚き散らしているのはブリジットだった。
「何故私がこんな所に入れられなければならないの! さっさと出しなさいよ!」
猫の私から離れた事でアレルギー症状は治まったみたいね。
ブリジットが騒いでいる内にさっさと牢獄に戻らないと。
私はこっそりと鉄格子の隙間から牢獄の中へと入った。
そしてベッドの膨らみの中に潜り込むと、布団に鼻を擦り付けてクシャミをする。
「クシュン!」
人間の姿に戻ると同時に牢獄の外から声をかけられた。
「キャサリン様、起きていらっしゃいますか? 大変ご無礼をいたしました。キャサリン様の疑いが晴れましたので出てきていただけますか?」
布団からそっと顔を覗かせると、牢獄の扉が開けられ騎士達が頭を下げている。
良かった。
何とか間に合ったみたいね。
私はゆっくりと布団から這い出ると、立ち上がって身なりを整えた。
短時間しか横になっていないから、そんなに服にシワはないけれど、変に思われたりしないわよね。
「キャサリン様。窮屈な思いをさせて申し訳ありませんでした。改めて説明いたしますので、一緒においでいただけますか?」
牢獄から外に出ると、騎士達の中から一人の男性が私に歩み寄ってきた。
中年の男性だけれど、どこか抜け目のなさそうな目をしているわ。
この人は一体誰なのかしら?
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