第10話 逃避行

 アラスター王太子は少し言いにくそうに口を開く。


「先程も言ったようにレイノルズ公爵家ではキャサリン嬢を公爵籍から抜くと言っていた。既にその手続きが行われたのかどうかは今確認をさせている。キャサリン嬢さえ良ければ、このまま僕と共にコールリッジ王国に来てもらえないだろうか?」


 お母様がそう言っていたと言うのならば、既に手続きは取られているだろう。


 あの人はこう、と思った事はすぐに実行に移す人だ。


 公爵家の使用人にしても自分の気に入らない事をした者はすぐにクビにしていた。


 私の姿が見えない事に気付いても「追い出す手間が省けた」くらいにしか思っていないだろう。


 行く宛がない以上、アラスター王太子の申し出を受け入れるしかない。


「ありがとうございます。アラスター王太子にはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」


 アラスター王太子の提案を受け入れると、目の前の彼は嬉しそうに破顔する。


 そのキラキラスマイルは心臓に悪いから止めて欲しいわ。


「ありがとう、キャサリン嬢。そうと決まればさっさと出発しよう。これ以上、この国にいる必要はないからな」


 この王都からコールリッジ王国との国境までは馬車で一週間、そこからまた更に馬車での旅が続くはずだ。


 少しでも早く出発しようとするのは当然だろう。


 アラスター王太子の言葉を受けてウォーレンが部屋を出て行ったが、それほど間を置かずに戻って来た。


「アラスター様、準備が整いました」


 そのあまりの早さに目を丸くすると、アラスター王太子がクスリと笑みを浮かべる。


 どうやら私とエイダが向こうの部屋に行っている間に準備をさせていたみたいね。


 私がアラスター王太子に付いて行かざるを得ないのをわかっていたみたい。


 猫になるのはともかく、人間に戻ったら裸の状態になる以上、誰かに保護されていないとどうにもならないものね。


「それでは参りましょうか」


 私はコクリと頷いてアラスター王太子に差し出された手を取って立ち上がった。


 ホテルの従業員達が頭を下げる中をアラスター王太子と共に馬車に向かう。


 この中の誰も私の顔を知らないと良いんだけれど…。


 後で誰かの口からレイノルズ公爵家の耳に入って、「私が攫われた」などと言い出したりはしないだろうか?


『公爵籍を抜く』と言いながら後で惜しくなってコールリッジ王国に言いがかりをつけてくる可能性学生ないとも限らない。


 私はドキドキしながら、アラスター王太子の手を借りて馬車に乗り込みながら、はたと気が付いた。


『アラスター王太子が何処かのご令嬢をエスコートしていた』 


 この噂が流れるだけでも大変な騒ぎになりそうだわ。

 

 ヒヤヒヤしながらも馬車に乗り込むと、私の隣にエイダが座り、私の向かいにアラスター王太子とウォーレンが腰を下ろした。


 ウォーレンが御者に合図を送るとゆっくりと馬車が動き出した。


 町並みの向こうに通い慣れた王宮が見え隠れしている。


 こんな結末を迎えるのならば、さっさと私とセドリック王太子の婚約を解消して、キャロリンと婚約させるように両親に進言すれば良かったんだわ。


 セドリック王太子から何も言われないからと、婚約者という立場にあぐらをかいていた私も悪いのかしら?


 次期王妃としての教育を受けていた時間が惜しいと思ってしまっていたのも、このような結果を招いてしまったのかもしれない。


 だけど、猫にされるほど呪われるなんて、思ってもみなかったのだから仕方がないわよね。


 馬車はやがて高級店が並ぶ通りから、徐々に中級店へと格を落として行く。


 そのうち、王宮の外へと通じる門にやってきた。


『まさか、馬車にいる人を検めたりはしないわよね?』


 今まで王都から出た事がないから、門での検閲がどうなっているのかを知らない。


 一旦、門で立ち止まったものの、特に馬車の中を検められる事もなく、再び馬車は走り出した。


 ホッと息を吐くと、アラスター王太子がクスッと笑った。


「キャサリン嬢、心配しなくても大丈夫ですよ。特に緊急配備も敷かれていませんからね。馬車の中までは検めたりしません」


「そうなのですね。私の事を問われたらどうしようかと思いました」


「中を検められそうな時はキャサリン嬢にクシャミをさせて猫の姿にさせればいいんですよ。もっともキャサリン嬢には嬉しくはないでしょうが…」


 なるほど!


 その手があったわね!


 私は思わずポンと手を打っていた。

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