第6話 捨てる神あれば拾う神あり(アラスター王太子視点)

 コールリッジ王国のアラスター王太子は今現在、目の前で行われている出来事に頭を抱えたくなった。


 エヴァンズ王国の王宮で行われている夜会に招待されて、従者であるウォーレンを伴い参加している。


 学生時代にも何度か短期留学をしてこの国とは交流を繰り返している。


 交流を理由にしてはいるが、実際はエヴァンズ王国の公爵令嬢であるキャサリンに会いたいがための口実だった。


 初めてこの国に留学してきた際、そこで会ったキャサリンに一目惚れをしてしまった。


 だが、その時は既に彼女はセドリック王太子の婚約者となっていた。


 がっかりしつつも、王太子の婚約者になれる彼女がそれだけ優秀だということに誇らしさを感じていた。


 気乗りのしない留学だったが、キャサリンに会えた事で毎年の恒例行事にさせた。


 キャサリンとはあまり交流は出来なかったが、ほんの少しでも姿を見るだけで満足していた。


 卒業してからも何かと理由をつけて、エヴァンズ王国を訪れていた。


 その内にセドリック王太子とキャサリンが上手くいっていないような噂を聞く事になった。


 しかもキャサリンがセドリック王太子の周りの女性に対して辛辣な行動をしていると言うのだ。


(キャサリン嬢に限ってそんな事をするとは思えない。何か裏があるのか? それに万が一、二人が婚約を解消すれば、キャサリン嬢を手に入れられるかもしれない)


 そう考えたアラスター王太子は密かに二人の様子を探らせていた。


 そして今、目の前でセドリック王太子がキャサリンに対して婚約解消を告げているのだった。


 しかも次の婚約者は既に決まっていて、キャサリンの妹のキャロリンだと言うではないか。


 何もこんな衆人の面前で婚約解消を告げなくても良さそうなものなのに…。


 淡々と婚約解消を受け入れて会場を後にするキャサリンを追いかけたかったが、グッと我慢をした。


 明日の朝一番にレイノルズ公爵家に先触れを出してキャサリンに婚約を申し込めばいい。


 そう悠長に構えていたのが間違いだった。


 


 翌朝、レイノルズ公爵家を訪れたアラスター王太子は、キャサリンが既に公爵家に居ない事を告げられた。


「あの子は私が猫アレルギーなのを知っているのに猫を自分の部屋に置いて出ていったんです。元々セドリック王太子から婚約解消をされた時点でこの家を追い出すつもりでしたから手間が省けましたわ。公爵籍も抜く手続きを済ませました」


 そうまくし立てる公爵夫人にアラスター王太子は目眩すら覚えた。


 いくら婚約解消されたとはいえ、実の娘に対して行うような事ではないだろう。


 猫の事に関しても夫人の猫アレルギーを知っているから部屋でコッソリ飼っていたのではないのか?


 これ以上、公爵家にいても何の意味もないと感じたアラスター王太子は早々に暇を告げた。


(公爵家を追い出されたキャサリンは何処かで心細い思いをしているに違いない。すぐに保護してコールリッジ王国に連れて行こう)


 キャサリンの行方を探す事を決意したアラスター王太子は、一旦宿泊しているホテルに戻る事にした。


 だが、その途中で急に馬車が停止した。


「どうした? 何かあったのか?」 


 ウォーレンを通じて御者に問うと、馬が倒れている猫を見つけて立ち止まったという答えが返ってきた。


(猫か。キャサリンも猫が好きみたいだから、連れて帰ってもいいかもしれないな)


 アラスター王太子はウォーレンにその猫を連れてきてもらったが、綺麗な毛並みの可愛らしい猫だった。


(どことなくキャサリンを思わせるような猫だ)


 そのままホテルに戻り、自分の部屋に連れ帰った。


 目覚めた猫はミルクは飲んだけれどキャットフードは食べなかった。


 かといってお腹が空いていないわけでもなさそうだった。


 そこでパンを与えてみたら、美味しそうに頬張っていた。


 けれど、不思議な事に普通の猫のように毛繕いをしないのだ。


(まさか? いや…)


 とある考えがアラスター王太子の脳裏をよぎったが、それはないと打ち消した。


 けれど、横に丸くなった猫は何故か人間のように涙を流している。


 涙を拭いてやった途端、


「クシュン!」


 クシャミと共にそこには真っ白な裸体のキャサリンが現れた。


 すぐに目を反らしたが、その姿が脳裏に焼き付いて離れない。


 上着を脱いでキャサリンに手渡して部屋を出たが、一緒にいたウォーレンを問い詰めた。


「今、彼女の姿を見たか?」


 アラスター王太子の地を這うような低い声にウォーレンはブルブルと首を振る。


 目にしたとは思うが、余計な事を言って思い出させる事になってはいけない。


(それよりもキャサリン嬢に何があったのかを問わないと…) 


 アラスター王太子はそう決意すると、エイダに呼ばれるのを待つ事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る