思いがけない再会

 その日、エリオット・オーブリーはギロチン台へ向かう気持ちで馬車に乗っていた。


 突然家に来た使者は丁寧に、だが有無を言わせない口調で、エリオットをクレール家に招待すると言った。クレール家の封蝋が押してある招待状を渡されては、両親も反対できない。

 そのままの服装でいいと言われたが少し時間をもらいきちんとした服に着替え、馬車に乗りこむ。


 ……馬車に家紋が入っていない。


 もしやこのまま殺されるのではと青ざめたエリオットを見て、使者はなだめるように言った。



「クレール家に招かれたことを知られないほうがいいかと思いまして、このように致しました。クレール家にお連れいたしますのでご安心ください」



 ご安心できないと思いながら、エリオットはぎこちなく頷いた。

 最近クレール家のまわりは騒がしい。カミーユ殿下のパーティーでアデルが自作自演をしたとか、フェイユ家を陥れたとか、そういう暗い噂が社交界に疎いエリオットの耳にも入ってくるほどだ。


 息子を死地に送るような表情で、両親がエリオットを見送った。

 オーブリー家は医者の家系で伯爵位を持っているが、あのクレール家に呼び出されては逆らえない。

 窓から両親の姿が見えなくなるまで見ていたエリオットは生きた心地がせず、クレール家についた時には精神をすり減らしきっていた。


 豪華な応接室に通されても楽観視できず震えていると、ドアがノックされた。



「ど、どうぞ」



 少々裏返った声で答えると、ゆっくりとドアが開いた。



「君は……」



 そこにいたのは、少し前に出会った少女だった。

 上品な紫の髪に、濡れたアメジストの瞳をまだ覚えている。失恋したと泣いていた、可愛い少女が目の前にいる。



「改めまして、アデル・クレールと申します。この間は名乗らなくてごめんなさい。アデルだと言ったら、きっと嫌われると思って……」



 下を向くアデルを支えたのは、あの日エリオットを鋭い目つきで見ていた騎士だった。



「……そっか。君がアデル・クレールだったんだね」

「ええ。黙っていてごめんなさい」

「いいよ、気にしてない。僕だってきちんとエリオット・オーブリーだと名乗らなかったんだから」



 おずおずと顔を上げたアデルの微笑みは可憐な花がほころぶようで、エリオットは思わず赤面しかけ……すんっと真顔になった。


(えっ、怖。あの騎士の目つき怖すぎない?)


 テオバルトはすでに人好きのする笑みを浮かべていたが、エリオットはその独占欲に気付いてしまった。


(話し合ってうまくいったのかな。よかったなぁ)


 アデルのことを気にしていたエリオットは、にこにこと二人を見た。その笑みにアデルの緊張も解け、テオバルトと二人でソファーに座る。



「こちら、私の婚約者のテオバルト・ヴァレリー様よ」

「よろしく、エリオット」

「よろしくお願いします。エリオット・オーブリーです」



 力強い握手を終えると、エリオットは話を切り出した。

 この後はお茶を飲みながらたわいもない話をしていると見せかけて相手の腹を探りあうのが貴族のやり方だが、長居するのはよくない気がする。

 それに、エリオットがすぐに本題に入っても、アデルならわかってくれるような気がした。



「わざわざ俺を呼び出したんだから、何か用事があるんだよな?」

「うん。エリオットに聞きたいことがあって。私とテオバルト様が、テオバルト様の冤罪を晴らそうとしているのは噂で聞いていると思うんだけれど」

「えっ、そうなの?」

「ふふっ、実はそうなの」



 騎士団長が変わったことは知っていたが、冤罪だとは知らなかった。

 騎士団はレノー家の管轄で、レノー家の息がかかった医者が雇われているのが暗黙の了解だ。そのせいで、オーブリー家は騎士団に詳しくなかった。



「テオバルト様が娼館へ行ったとされる日に、テオバルト様がオーブリー家に護衛を頼まれていたことがわかったの。エリオットが一緒にいたらしいんだけれど、覚えている?」

「俺がエリオットの護衛に行ったのはこの日だ」



 テオバルトの説明と日付を見て、エリオットはその日を思い出した。

 


「医師免許の試験日だ!」



 エリオットはまだ医者見習いで、正式な医者になるには難しい試験に受からなければならない。

 試験日に会場に行かせないように妨害されたことがあり、騎士団に護衛を頼んだのだった。その時に来てくれたのがテオバルトだった。

 エリオットは緊張でガチガチでテオバルトの顔もうろ覚えだったが、父が護衛を頼んでくれたことは覚えていた。



「そういえば、強い人が護衛してくれるって……」

「それが俺だよ。俺はレノー家に嫌われているから、将来騎士団に関わる医者の卵の護衛は任されなかった。騎士団を通さずにオーブリー家から依頼されたから、クレイグ・レノーも気付かなかったんだよ」

「遅くなりましたが、あの日はありがとうございました! いっぱいいっぱいすぎて試験以外何も覚えていないけど、安心して会場に行けたのは覚えています」

「確かに、あの日のエリオットの緊張はすごかった。話しかけても聞こえていなくて」

「すっすみません! 結局試験は落ちました!」

「次の試験に行くときも、俺に護衛させてくれ。エリオットは確かな実力があると、ご両親もおっしゃっていた。次は受かるだろ?」



 あたたかな言葉に、エリオットが照れたように笑う。


(そっか。アデル嬢やテオバルト様のよくない噂は、全部嘘だったんだな)


 自然にそう思えるエリオットは善の人間であり、それはアデルとテオバルトにも確かに伝わった。部屋にはあたたかな空気が満ち、自然と話が弾んでいく。


 テオバルトにあったことを聞いたエリオットはひどい話だと憤慨し、自分にできることがあるのなら力になると決めた。



「証言する前にひとつ聞いておきたいんです。アデル嬢、特効薬は必要?」



 冗談のように軽い口調で尋ねたエリオットの目の前で、きつい印象を与える紫の目が細められた。



「ううん、いらないわ」

「よかった。それなら俺も心置きなく協力できる」

「本当にありがとう、エリオット。ご両親に手紙を書いてくれるかい? 裁判の証言には危険が伴う。証言してもらう騎士団員も、クレール家が保護してくれているんだ」



 アデルが襲われたことと、それ以降証人はクレール家で匿われていることを聞いたエリオットは頷いた。



「ぜひ、お願いします。あっでも、両親は患者がいるから来ないと思います」

「エリオットがクレール家に来ることを悟られないように気をつけていたから、ご両親は大丈夫だと思うわ」

「よかった!」

「実はエリオットのこと、知っているようで知らなかったの。仲良くなれて嬉しい」



 攻略対象という言葉は誰にも届かなかったが、3人の会合はおだやかに締めくくられた。






「じゃあ俺、さっそく話を聞いてくるな! ありがとう!」

「こちらこそ、本当にありがとう」



 クレール家専属の医者に話を聞けると嬉しそうに飛び出していったエリオットを見送ると、2人の体の力が抜けた。

 エリオットも証言してくれることになり、ここまで準備をすれば大丈夫だろうという安堵がアデルとテオバルトを包み込む。

 見つめ合い、微笑むだけで満たされる時間。どちらからともなく近付き、お互いの瞳しか見えなくなったところで、ドアがノックされた。



「ご歓談中、失礼いたします。ベルナール様がすぐに来ていただきたいと仰せです」

「いっ、今行くわ」



 サラの声に現実に戻され、アデルはドキドキしながら立ち上がった。


(距離がとても近かった気がするけれど、もしかしてキス……! いいえ、テオバルト様の気持ちをきちんと聞いていないもの。曖昧な関係でキスをするなんて、テオバルト様はそんな方ではないわ!)


 テオバルトと婚約者だということが頭から抜けたまま、アデルはテオバルトと一緒にベルナールがいる応接室へ向かった。

 クレール家には応接室がいくつかあり、先導するサラは王族などをもてなす最上級の部屋のドアの前で立ち止まった。



「ベルナールお兄様は、誰をお連れしたの?」

「申し訳ありません、聞いておりません」

「そう……。サラ、エリオットをよろしく頼むわ」

「かしこまりました」

「行きましょう、テオバルト様」

「アデル嬢をエスコートする許可をいただけますか?」

「ふふっ、もちろんですわ」



 テオバルトにエスコートされて応接室に入ったアデルは、ベルナールもアランも目に入らなかった。


 後ずさるアデルの目に映るのは、ただ一人だけ。



「……どうして、ここにレティシアが……!」



 乙女ゲームのヒロインが、居心地が悪そうに座っていた。



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