アイデアを出し合う
工房の中央に広げられた設計図を前に、俺とガレスは頭を寄せ合っていた。机の上には、エリザベスから送られてきた資料が山積みになっている。その中には、ブレイクウォーター領の土壌サンプルの分析結果や、過去数年間の気象データ、さらには魔力濃度の変動グラフなどが含まれていた。
「ここをこうすれば、魔力の流れを制御できるんじゃないか?」
ガレスが指さす箇所は、設計図の中央部分だった。そこには、複雑な魔力制御回路が描かれている。彼の提案は、その回路の一部を変更し、より強力な制御機能を持たせるというものだった。
俺は考え込んだ。ガレスの案は理にかなっている。魔力の流れを強力に制御すれば、土壌への悪影響を防ぐことができるだろう。しかし、それだけでは不十分だ。
「たしかにな。魔力の流れを完全に制御すると、今度は作物の生育に支障が出るのが気になるが……」
魔力汚染というのは様々な側面があるが、そのうちの一つとして挙げられているのが栄養の与え過ぎだ。万物が微量ながらに持っている魔力に対して、過剰量が循環し始めると、植物も生物もおかしな成長をするらしい。当然、逆に特定の地域への魔力供給を遮断してしまうことによっても影響が発生する。この超自然の機構を魔道具でコントロールするのは至難の業だ。
「魔力の質を変換する仕組みを組み込めないだろうか。土壌を汚染する魔力を、作物の生育に適した特質に変えられるとしたら……これらのデータには、どうにも違和感が……」
俺の話を聞いて、ガレスは目を丸くした。
「ああ、こいつだ! アンデル領が昔から『魔相の根』を使った魔力特質の検査をしてるらしい。詳しい話を代表者に聞ければ……。だが、そんな高度な魔力操作、俺たちにできるのか?」
「どうかな。とにかく、案出してから、現実的でないものを削るぐらいしかないだろう。魔力の流れの制御も必要には必要だ」
「そうか。なら、この部分をこう変更して……」
ガレスは設計図の上に透明なシートを被せ、新たな回路を描き始めた。お互いにアイデアを出しながら協力する。ガレスは魔道具に関しては俺の工房に来てから扱い始めたぐらいだが、だからこそ新鮮な発想があるのが頼もしかった。
「ここに魔力変換器を置いて、周囲に浄化回路を配置すれば……」
「それならこの部分の効率も上がるな」
二人の指が設計図の上を踊るように動き、新たな魔導具の姿が徐々に形作られていく。資料を確認しながら、現実の土壌状況に即した調整も加えていく。
「でも、これだけの規模の魔導具を作るとなると、相当な動力源が必要になるぞ」
ガレスが指摘した。確かに、彼の言う通りだ。俺は眉をひそめ、頭を悩ませる。
「そうだな……。どの領地も、ダンジョンで得られた魔石を住民が充分に有効活用できていないらしい。なら、それを領主が買い取る何かしらのルールを定めれば、エネルギーの確保としてはクリアできるだろうが……」
「ただでさえ魔力濃度が高まってるのに、魔石を使っていいのかってところだよな」
「ああ。自然に溶け込んでいる魔力を上手く使える機構を作れればいいが、それは魔道士の脳みそを機械に組み込むようなものだ。S級ダンジョンで拾うランクの素材でもない限りは難しい。案と懸案は、セットでまとめておくか」
議論は白熱し、二人は次々と新たなアイデアを出し合う。魔力の制御方法、素材の選択、製造過程での注意点など、様々な角度から検討を重ねていく。
「魔力の変換効率が鍵だな」
「ああ。ってなると、俺たちよりあの二人が詳しいか?」
「うーん……機構的な部分はこちらで、魔力操作のところは、またミアとシルヴィに頼ることになるが……」
魔力変換器の細部を調整する。俺が一人ですべてやれたらとも思うが、でも、この範囲まで俺がやりきれなくても構わないか。目的を見失ってはいけない。俺は強力な装備を作ることにこだわっても、あらゆるクリエイションを自己完結させたいわけじゃない。
頼れる人間がいるというのは素晴らしいことだ。俺は俺の工房を誇って広げればいい。ミアはともかく、シルヴィは工房のスタッフというわけではないけど。魔界探査に付き合いながら相談してみよう。
「リサが素材を持ってきたら、一つぐらいは試作ができそうか?」
「そうだな。作り込んでも仕方ない。あくまで、協力姿勢のデモンストレーションとして割り切って、できるものを作ろう」
設計図を見ると、洗練された形になっていた。理論上の効率は当初の予想を大きく上回っている。まあ、新情報がきたら覆る可能性もあるが。
「これなら、エリザベスたちも満足してくれるんじゃないか?」
ガレスの言葉に、俺も頷いた。決意表明としては充分だろう。
「実際に作るとなると、まだまだ課題がありそうだがな」
「いいさ。これだけのものができたんだ。今日は元の仕事に戻ろう」
二人は満足げに設計図を見つめた。長時間の作業で疲れは感じるものの、達成感がそれを上回っている。
「よし、溜まった注文を捌くぞ」
俺がそう言ったところで、突然ドアが開く音がした。
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