定例会議
会議直前、俺は工房でリサと最終的な打ち合わせをしていた。
「リサ、会議で提案する内容を、もう一度確認しておきたい」
リサは真剣な眼差しで頷いた。
「避難所での調査結果と、私たちが考案した緊急支援製品のプランですね」
彼女が差し出した資料に目を通す。水の浄化システムや軽量防具の設計図、そして予想される効果までをまとめた。
「よくまとめてくれたな。これなら説得力があるはずだ」
「ありがとうございます。でも……」
リサは少し躊躇った後、続けた。
「本当にこの設計図まで提示してしまっていいんでしょうか? 私たちで商売すれば、もっと利益が……」
俺は首を振った。
「これで儲けられるとは思ってないんだ。少なくとも俺のクラフトスキルでは。その道の専門がこいつを改良してくれて、それで、より多くの人が救われるならそれでいい」
リサは納得したように頷いたが、その瞳には少しの不安が残っているようだった。
会議室に入った。部屋には既に多くの人が集まっており、すでに何人かが熱心に議論を交わしていた。
「ロアンじゃないか。来てくれたか」
声をかけてきたのは、街の復興委員会の委員長だった。温厚そうな中年の男性で、いつも穏やかな笑顔を絶やさない。
「今日は重要な提案があって」
「おや、それは楽しみだ。では、そろそろ会議を始めよう」
委員長の合図で、会議が始まった。最初は日々の復興状況の報告や、各地区の問題点の共有など、通常の議題が進められていく。そして、ついに新規提案の時間になった。
「では、ロアンくん。君の提案を聞かせてくれたまえ」
俺は深呼吸をして立ち上がり、用意してきた資料を配布した。
「緊急支援製品の開発の必要性をまとめました。私は、ただの武具屋なんですけど。この一部だけでも手伝えないかなと」
部屋中の視線が俺に集中する。緊張で声が震えそうになるのを必死に抑えながら、俺は説明を続けた。
「調査によると、現在最も切実なニーズは清潔な水の確保と、作業員の安全確保です。魔石を消費し続けることなく浄水できるアイテムと、軽量高強度の防具のモックを持ってきました」
資料と試作品に目を通す参加者たち。中には驚きの表情を浮かべる者もいる。
「この計画を地域全体で効率よく回せれば、より多くの被災者に、より早く届けることができます。そして、復興作業の効率も大幅に上がるはずです」
説明を終えると、一瞬の沈黙が訪れた。そして、
「いや……悪くないな。これは。国家プロジェクトにもできるかもしれない」
「これなら、本当に多くの人を救えるかもしれないわ」
「国を挙げての取り組みにふさわしい内容だ」
次々と賛同の声が上がる。想像していたより規模が大きくなってきたが、こき下ろされることがなくて安心した。しかし、もちろんながら、全員が賛成というわけではなかった。
「待ってくれ」
声を上げたのは、地元の有力な商人だった。
「確かに素晴らしい製品だ。だが、これを国に提供してしまっては、我々民間の商売の機会を奪うことになるのではないか?」
その言葉に、会場がざわめいた。確かに、彼の懸念ももっともだ。俺も一瞬、迷いが生じた。
「もしそういう規模にするのなら、それこそ国に買ってもらうとか。支援金をもらうとか。そういう形を、この場にいる全員で意見を揃えて嘆願したほうがいいと、思う」
反論につい反応してしまった。俺も別にボランティアに力を入れたいわけではないのだ。金が貰えるなら貰いたい。もっと工房の設備をよくして、質の良い素材を買って、クラフトスキルを高めたいんだ。叶うことなら、レベル3の次元に。
「まあ待て」
委員長が口を開く。
「こうした計画を国家プロジェクトにすることで、仮に直接の利益が減っても、街の復興が加速すれば結果的に経済全体が活性化する。悪くない話だとは思うが」
その一言で、場の空気が変わるのを感じた。もう一人、立ち上がる女性がいた。
「私は、医療を専門にしているわ。回復魔法でも、飢餓などで衰弱した体は癒せない。魔法が効かない病気もある。そうした、目の前で苦しんでいる人々を助けることこそ、元気で魔王の災害を乗り越えられた我々の責務ではないでしょうか」
沈黙が訪れた。全員が彼女の言葉を噛み締めているようだった。
「ロアンくんの言う通り、今は一枚岩になって復興に取り組むべきだ。あまり、言いたくはなかったんだがね。国からは何か案を出せとかなり強くせっつかれていたものだから。この提案を国に上申したい」
なるほど。ということは、俺の案がなかったら、もっと無茶ぶりを要求されるハメになっていたわけだな。柄にもなく頑張っておいてよかった。リサにもいっぱい感謝を伝えておこう。
そうして、会議は最終決議が取られ、満場一致で終了した。想像していたより大事になってしまったが、国からの支援が受けられるとなれば、もしかしたら工房でやれることも増えるかもしれない。せっかくの機会だから、前向きに捉えておこう。どうせ俺など、仕事を見つけにいかないと暇を持て余す人生なのだから。
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