S級パーティとの邂逅

 朝日が昇り始める頃、俺は工房の準備を整えていた。新しく購入した装置を設置し、材料を整理する。


 そろそろ材料の補充に行かなければならない。俺は工房を出て街の中心部にある市場に向かう。工房の完成度が上がるについて、道行く人々の反応が変化していった。もう看板ぐらいはつけたほうがいいかもしれない。


 市場に着くと、活気に満ちた光景が広がっていた。商人たちの威勢の良い掛け声、新鮮な果物や野菜の香り、そして人々の笑い声。しかし、その中に一つ、場違いな雰囲気を醸し出す一団がいた。


「何が『管理』だ! 俺たちの仕事を奪っておいて、よくもそんなことが言えたもんだな!」


 声のする方を振り向くと、そこにはかつての仲間の姿があった。S級パーティのリーダー、ヴァルドだ。その隣には盗賊のリックと僧侶のセラがいる。彼らの前には、ダンジョン管理組合の制服を着た男が立っていた。


「申し訳ありませんが、規則は規則です。あなた方のような高位冒険者が勝手にダンジョンに潜ることは、他の探索者の安全を脅かす可能性があります」


 組合の男は冷静に対応しているが、その態度がヴァルドの怒りに油を注いでいるようだった。


「ふざけるな! 俺たちはこの街の安全を守ってきたんだぞ。それなのに、今じゃろくな仕事もない。このままじゃ俺たちの生活が成り立たねぇ!」


 ヴァルドの怒鳴り声に、周囲の人々が不安そうな顔で様子を窺っている。リックとセラも険しい表情を浮かべながら、ヴァルドの背後に立っていた。彼らも豪遊さえしなければ金に困ることなんてなかっただろうに、魔王討伐後のお祭り騒ぎにあてられて散財したか。


 口論の末に組合の男は深いため息をつき、「話し合いは以上です。これ以上の違反行為があれば、しかるべき措置を取らざるを得ません」と告げて立ち去ろうとした。


 ヴァルドは何か叫ぼうとしたが、結局は悔しそうに地面を睨みつけるだけだった。俺は彼らに気づかれないよう、そっと立ち去ろうとした。しかし、


「おい、あれはロアンじゃねぇか?」


 リックの声に、俺は足を止めた。ゆっくりと振り返ると、かつての仲間たちと目が合う。


 ヴァルドの目が俺を捉えた瞬間、その表情が一瞬凍りついた。


「お前か……」


 ヴァルドの声には、怒りと共に何か複雑な感情が混ざっていた。

 俺は彼らと向き合い、静かに頷いた。


「久しぶりだな」


 セラが冷ややかな表情で俺を見つめる。


「ロアン、あなたは……どうしているの?」

「まあ、何とかやってる」


 その返答を聞いて、ヴァルドが俺に詰め寄ってきた。


「何とかだと? お前、俺たちが苦労してるのを見て楽しいか?」

「そんなことはない。ただ、時代は変わったんだ。冒険者たちも変わらなきゃいけない。俺も、それで何とかやっている」

「変わるだと? 冗談じゃない。俺たちはS級なんだぞ?」

「一般人向けのダンジョン攻略の講義でも、国属護衛団への戦闘指南でも、いくらでも間口はあるだろ」

「馬鹿にすんなトンチキが!! それぐらい考えついちゃいるがA級以下のヤツが格安でやっちまってんだよ……!!」


 そうか。プライドのせいで視野が狭くなって、後手後手に回っているうちに仕事がなくなったのか。S級の肩書があればもっと上手い立ち回りがあっただろうに。


「ならもっと頭を使ったらいい。力の使い道はきっとまだある。ただ、今までとは違う形かもしれないが」


 俺の言葉に、ヴァルドたちは冷ややかな視線を向けた。


「うるさい! お前に何が分かる。お前は最初からS級の器じゃなかったんだ。だからこそ、こんな状況でも平然としていられるんだろう?」


 ヴァルドの言葉は、まるで毒を含んだ刃のようだった。しかし、俺はその言葉に動揺しなかった。


「ヴァルド、お前らがやってることは、結局のところダンジョン管理組合と変わらないんじゃないのか?」


 俺の言葉に、ヴァルドは一瞬言葉を失った。


「なにっ……?」

「このあたりのE級ダンジョンを潰して回って、D級以上のダンジョンには結界を張って入れなくする。それで一時的には独占状態を作れるかもしれないが、街の人間は誰もお前たちを支持しないぞ」


 ヴァルドの顔が青ざめていく。リックとセラも、驚いた表情で俺を見つめている。


「お前……どうしてそれを?」

「耳のある奴なら誰でも知ってるさ。特定のルートじゃとっくに噂になってるんだ」


 無数に発生していたダンジョンも、とある時期を境にしてパターンが定まっていった。まるで赤ん坊の脳がその活動に最適な神経細胞を見つけ出すように。結果的に、数こそ膨大ではあるものの、どこを潰すとどこにダンジョンが現れるのかを把握できるようになり、管理組合もそこに目をつけて方針を切り替えていた。

 ちょうどその合間に、低位のダンジョンをひたすら潰して回るヴァルドたちの活動が始まったのだ。こちらは未確定情報だが、彼らが的確にダンジョンの場所を抑えることができたのは、盗賊のリックが組合の情報を盗み出したからだと言われている。


「くっ……」


 ヴァルドは言葉を失い、俺を睨みつけ、殴りかかろうとしていた手を止めた。腐ってもS級だ。奴が本気になれば、戦闘職でない俺など簡単に殴り殺せることを、ヴァルドも理解しての判断だったのだろう。


「またA級以上のダンジョンが現れるようになったら、下等なダンジョンでお遊びしてるお前たちは俺らに頼るしかなくなるんだ。そのときは覚えておけよ」


 ヴァルドはそう捨て台詞を吐いてから、怒りを発散させながら去っていった。俺は深い溜息をついた。かつての仲間たちとの再会は、予想以上に心を掻き乱すものだった。しかし、同時に自分の選んだ道が間違っていなかったという確信も得られた。


 工房に着くと、俺は売出しのための最終調整に入った。頭の中には、新しい装備のアイデアが次々と浮かんでは消えていく。かつての仲間たちとの再会が、むしろ俺のモチベーションを高めているようだった。


「よし、やるか」


 俺は決意を新たに、ハンマーを握りしめた。

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