ダンジョンの最奥部

 探索を再開した俺たちは、新たな魔物を倒したり罠の回避を繰り返した。シルヴィは約束通り、攻撃魔法ではなく支援魔法を中心に使用し、俺の戦闘をサポートした。


「ロアン、あそこ」


 シルヴィが指さす先には、奇妙な形をした植物が生えていた。

 慎重に近づき、観察する。


「これは……『ダーズブロッサム』か」


 回復魔法でも治せない呪いつきの毒を治せるポーションを作ることができる素材だ。かつては重宝したが、今となっては呪いまで振り撒いてくるモンスターがどれだけ残っているやら。

 レベル2素材活用スキル『ハイマテリアル』を使い、薬草を傷つけることなく採取した。探索を続けると、ダンジョンの雰囲気が徐々に変化していった。壁に埋め込まれた結晶の色が濃くなり、空気中の魔力濃度が高まっているのを感じる。

 下の階層に進むにつれ、ダンジョンの構造も一層複雑になっていった。壁にはより一層精巧な彫刻が施され、まるで生きているかのように輝いている。空気は冷たく、刺すような感触が肌に伝わってくる。魔力が凝縮され、濃密な霧のように漂っている。


 足元には不規則に配置された石が転がって、視界が遮られるほどの濃い霧が立ち込めており、歩くたびに足元が不安定になる。ダンジョンの特性に合わせてなおこれなのだから、無装備で突っ込んでいたら上級冒険者でも戦闘に苦労して先に進めなかったかもしれない。

 声が反響し、距離感が狂う。耳を澄ますと、遠くで何かが蠢いている音が聞こえる。壁の向こう側から、時折低い唸り声や不気味な囁き声が聞こえてくることもある……が、不思議なことに、これだけの監視をされているような感覚に相反して、出会うモンスターは少なかった。


「ここまで来ると、もうダンジョンの後半もだいぶ入ったところだな」

「休んでからはサクサクだったね」

「ああ……」


 ダンジョンの構造としては確実に複雑になっている。そして、そこに強力なモンスターが追加されるから、ダンジョンの奥はとある階層を境に難易度が跳ね上がるのだが。どう考えても後半のほうがモンスターが少ない。

 たまに魔物を倒すほど強くなるタイプのモンスターがいて、そいつがフロアの魔物を全部喰ってしまうというパターンはなくはないが、このダンジョンにおいてはそれは違っていた。妙な感じだ。


 念の為に身に着けている『敵感知の首飾り』も、反応が薄くなってきた。どうやら、もうほとんど魔物が残っていないらしい。シルヴィの敵探知能力は遠くの敵まで探ることができるが、集中しないといけないし、彼女の性格的に抜けてるところがあるから、自分のことは自分で守らなければならない。ソロになったときのことを考えても。


 もし危ないことになったら、迷わず瞬間移動の巻物を使って帰ろう。A級ダンジョン用の秘蔵っ子を使わされるハメになるよりはマシだ。


「なあ、シルヴィ。もう全くといっていいほど魔物の気配がないんだが。もう一度、魔力探知してくれないか?」

「その必要はないみたいだよ」

「えっ……?」


 横を向いていた俺をシルヴィが引き止める。

 遠くから見ていたときには果てしなく続く道のように真っ暗だったのに、そいつはいきなり現れた。


 大きな扉が目の前に広がっている。

 扉には複雑な模様が刻まれ、心臓のように気色悪く拍動する魔石から、強い魔力を感じる。


「ここが最深部みたいだね。どんなお宝があるかな?」


 シルヴィが興奮気味に言った。

 俺は緊張した面持ちで頷いた。


「ああ……」


 シルヴィは目を輝かせていた。

 あまりにも怪しい雰囲気だが、幸いにもいまはシルヴィが居てくれている。

 戦闘で負けることはまずないだろう。


 俺は深く息を吸い、扉に手をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る